《緑の座のオズ》

□『序章:深夜十三時の魔法』
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【序章:深夜十三時の魔法】

[1]

ミッドナイトブルーの夜空に星が瞬いていた。
家の裏に広がる小さなブリティッシュガーデンに咲き誇る白や黄色の花が、夜風に揺れる。
夏であるはずなのに、夜の空気は涼しい。
昼間の鋭い日差しと暑さとは、打って変わった涼しさは、逆に寒いと感じてしまうくらいだ。
気温的には、熱帯夜に近いのだと思うが、ねっとりとした熱気のこもる日本の夏と違い、ここの空気は澄んでいた。

(同じ夜でも、日本とは違うなぁ)

チトは、少し冷たい夜風を頬に感じながら、ぼんやりと思った。

チトの本名は、千歳(ちとせ)だ。
母が日本人で、父が日本人とイギリス人のハーフであるが、生まれも育ちも日本生まれ、日本育ちだ。
だが、父方の祖父母の住むイギリスには、何度も来ているし、父の教育の賜物で、英語はそこそこ出来る。
だからというわけではないが、今、チトがいるのは、イギリスの祖父母の家だ。
夏休み中の現在、チトは一人、日本から遠く離れたイギリスの祖父の家に滞在しているのだ。
父方の祖父母がいるイギリスには、毎年、長期休暇などに何度か家族で訪れるのだが、今回は、家族は一緒ではないのだ。

そもそも、中学最後の夏休みだったのに、チト一人が、こちらに来なければならなくなった理由は、3つ下の弟にある。
小学生の弟が、はしかに罹ったのだ。
もともと毎年の例に漏れずイギリスには行くことにはなっていたが、行く直前になって、弟が熱を出し中止となるはずだった。
だが、ここで一つの問題が上がった。
早い話が、チトは、はしかに罹ったことがないのだ。
同じ家にいれば、当然、はしかに罹ったことのないチトに移る確率が高くなる。
一応、高校受験を控えている身なので、貴重な夏休みに、はしかに罹るわけにはいかない。
そこで、何故か両親はチトを単身、イギリスの祖父母の家へ預けることを決め、チトは高校受験の勉強道具一式と共に、イギリスへ行くことになった。
普通なら、母方の祖父母の家で十分だと思う。
母方の祖父母も健在で、他県だが、日本に住んでいる。そちらのほうが、チトとしても何かと便利だし、すぐに家にも戻れるし、いろいろと楽だと思うのだ。
しかし、どうやら水面下で、いろいろあったらしい。
要は、イギリスの祖父母が、毎年楽しみにしている日本の孫が来ないのは寂しいと、父に訴えたのだ。
両親想いの父としては、できるなら両親の願いを叶えてやりたいと思い、かつ、受験生のチトがじっくりと勉強できる環境を確保したいと考えた結果、チトが一人でイギリスに行くことになったのである。
とりあえず、そこに本人の意見が反映されていないのは、確かだ。
用意周到な両親は、チトに反論する隙も与えずに、イギリスに送り出したのである。

(まぁ、おかげで、のんびり過ごせているけどね)

チトは、小さく息を吐いた。
受験だなんだと小言を言われることもなく、マイペースに過ごせるのはありがたい話だ。
問題は、分からない問題を教えてくれる相手がいないということだ。
苦肉の策として、片道30分かかる町の中心部にあるネットカフェで、日本の友人や父などにメールを送って聞くという手段を使っているが、効率が悪いし、炎天下に中心部まで出たくない為、なかなかこまめに実行できないのが悩みだったりする。
毎日、大人しく勉強や宿題をしているか、祖父と一緒に出掛けたり、祖母と庭にある菜園や花壇の世話の手伝いをしたり、書斎にある本を読んだり、のんびりとした生活を過ごしている。
イギリスには何度も来ているので、こちらにも遊ぶ友人もいるのだが、中学から全寮制の私立学校へ進学した為、今年はまだ地元に帰ってきていないのだ。

(暇ではないけど、退屈だよなぁ)

退屈をもてあました結果、祖父母が寝静まった深夜に家の中を探検するという変な行動に出ているチトである。
幸いというか、老いた祖父母は寝るのが早い上に、一度寝ると朝まで起きないのだ。
一階まで降りて、なんとなく裏口から外に出たチトは、日本と違う夜の景色を眺めていた。
日本の夜よりも明るい感じがするのは、多分、日没が21時過ぎだからだろう。
イギリスの夏は、22時くらいまで明るいのだ。
だから、余計に感覚が狂う。
さすがに24時に近いと真っ暗だが、それでも日本の夏でいう19時とか20時とかの宵の時間帯くらいの感覚に思える。
だからといって、朝は日の出が遅いわけでなく、4時くらいから、明るくなるのだ。イギリスの夏は夜が短く、冬は昼が短いというのがよく分かる。
 
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