BASネタバレ有

□特別なあなた
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「あー☆もしかして美風藍さんですかー?」


藍くんとスタジオの廊下を歩いていると、反対側からやや高めの声で藍くんの名前を呼ぶ人物がいた。


「君はレイジング事務所の…」
「はーい!僕はHE★VENSの宇宙レベルでキュートなアイドルの〜帝ナギですっ」
「どうも、美風です」
「わー★生美風さんだ〜〜、会えて嬉しいな〜〜〜」


帝ナギさん…大手芸能プロダクション・レイジング事務所所属の人気アイドルグループHE★VENSのメンバーの一人。
13歳とは思えないほどのスタイルの良さと、少年らしさに時折艶がかかる歌声で、デビューして瞬く間に多くのファンを魅了。また、天才的な頭脳の持ち主で神童とまで言われた時期もあったそうです。

そんな帝さんは藍くんに会えてよほど嬉しいのか、藍くんの周りをピョコピョコ飛び回っていて、少年らしくてとてもかわいらしいです。


「ねぇ美風さん、年も近いし名前も似てるから僕たち仲良くしようよ!敬語もなしでさ!」
「……」
「僕の事はナギって呼んで?僕はそうだなぁ、藍って呼ぶから!よろしくね?藍」


帝さんは藍くんの前に立ちスッと手を差し伸べたけれど、藍くんはというと帝さんの顔と差し出された手を交互に見て一息吐いた。


「君と握手する必要性を感じないんだけど」
「ふぅん、やっぱりTVでの美風藍はツクリモノなんだね。こっちが素かぁ」
「TVでキャラを作るのは普通の事でしょ。それにボクはナギと仲良くするつもりはないから」
「あっれ〜?もしかして僕、振られちゃった?いやだなぁ〜振られキャラは瑛一だけでじゅーぶんっ…と…君は…誰?藍のマネージャー?」
「へ、え、わ、私…ですか?」


突如帝さんの矛先が私に向いて、驚いた私は変にどもってしまった。うぅ…恥ずかしい…
帝さんの視線が痛いくらいにこちらに突き刺さってきます…。


「君以外周りに誰がいるっていうの?もしかして、バカなの?」
「え、あの…すみません…」
「なーに、この人変なのー」
「……」
「変じゃない。彼女はボクの作曲家だよ」


私を背で庇うかのように帝さんと私の間に藍くんが割って入ってくれた。


「作曲家〜?ってことは君、七海春歌?」
「は、はい…」
「ふぅん、じゃWinter blossomやQUARTET★NIGHT作ったのも君なんだ。へぇ…」


藍くんの体の横から私を覗き込むように、帝さんは私を上から下まで見てくる。
その視線に耐えきれずに私はただただ下を向くしかできなくて。


「ねぇ、僕たちHE★VENSの曲も書いてよ!春歌の曲、好きなんだよね〜」
「そ、それは…」
「はぁ?何勝手なこと言っているの。ダメに決まってるでしょ。それに彼女に馴れ馴れしすぎ」
「藍には聞いてないんだけど?僕は春歌に聞いてるの」
「本人に聞いたところで事務所がOK出さないと無理なこともわからないわけ?」
「だーかーらー、なんで藍が答えるの?ははーん、さては彼女を僕たちに取られたくないから必死なんだ〜?」


なんだか二人の雲行きが怪しくなってきたので、藍くんの表情を伺うべく顔をあげると…、二人の間に火花のようなものがバチバチしてる気がします…!な、なんとかしないと…


「はぁ…」


藍くんの後ろでおろおろしている私の手首を藍くんは突然掴んできた。


「…行くよ、ハルカ。時間を大分無駄にしちゃった」
「わっ…」
「えー、藍逃げちゃうの〜?でも僕、諦めないからね〜〜!春歌のことっ」


帝さんのその言葉に藍くんが反応する事はなく、私の手首を掴む強さと、普段より早い歩く速度で藍くんの苛立ちを私は感じていた。









「…君は、ボクやQUARTET NIGHT、ST☆RISH以外に曲を書きたいと思ったことある…?」


藍くんにつれられて来た場所は、楽屋だった。
私を楽屋の中に入れ、扉を閉めると鍵をかけて扉に私の背中を押しつけてきた。
それから藍くんは私が逃げないようになのか、顔の横に両手をついて囲う。


「藍…くん?」
「君と君が紡ぐ音は人々を魅了する…ロボのボクでさえそう思うんだから、実際の人間は虜になると思うんだ。レイジやランマル、カミュだって君の曲を独り占めしたいに決まっている」


いつもまっすぐ前を見つめる藍くんの澄んだ瞳が今は暗く揺らいでいて、私はなぜかその瞳から視線を逸らせずにいた。


「ボクはどうしたら君を繋ぎとめておけるの…?鳥かごに閉じ込めて、誰の目にも触れさせないようにしたらいいの…?」


藍くんが泣いている…、涙を流しているわけじゃないけれど、心が泣いているような気がした。藍くんはきっと【ボクに心はない】と否定するかもしれない。でも…


「…、ハルカ…?」


私は腕を広げて藍くんをそっと包むように抱きしめた。
少しでも藍くんの心が落ち着いてくれますように、と。


「私にとって先輩方やST☆RISHの皆さんは一番私の曲をキラキラさせてくださいます。でも…」
「でも…?」
「一曲一曲全て大切に作っていますが藍くんに作る曲だけ、藍くんを好きだという気持ちを全部込めて作っています。藍くんはそれに歌詞を載せてくれて、透き通るような歌声で人々に愛と希望を与えてくれます。
あ、もちろん皆さんも希望や愛を与えてくれますが…えぇと、その…藍くんだけは特別、なんです!」
「愛…と希望…?」
「はい!」
「愛を知らないボクが?」
「藍くんはもう知っています…私を想ってくれているから」
「ハルカの事は好き、誰にも渡したくはない。でも、それと歌は違うよ」
「いいえ、誰か一人でも想う気持ちがあればそれは歌にも溢れてきます」
「そう、なのかな…自分じゃよく分からないけど」
「はい!藍くんの大大大ファンである私が言うんですから間違いないです!」
「…作曲家なのにファンっておかしいよ…ふふ」


揺らいでいた瞳に光が戻り、穏やかに藍くんは微笑んだ。


「でも、ありがとう」
「ですから私、お仕事で指示がない限り他の方への楽曲提供はしません。藍くんに歌ってもらう事こそが私の喜びですから」
「うん、ボクも君と君の曲だけ歌えれば何もいらない」


藍くんはそう言うと私の顎を掴み上を向かせ顔を近づけてきたので、私は少しだけ背伸びをして藍くんの首に腕を回した。




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