BASネタバレ有

□君のぬくもりに触れたくて(後2/完)
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それからベッドにハルカを寝かせたボクは、ベッドサイドに腰を下ろして乱れた前髪を手櫛で優しく整えてあげた。


「…く、…ん」


彼女が何やら小さい声で言うので、口元に耳を寄せてみる。


「早く…会いたい、です、藍くん…」


その瞬間、彼女の目元からキラリと一滴の涙が零れ落ちてきたので、「ボクも会いたかったよ」と優しく言いながら涙を拭う。
そうするとハルカは落ち着いたのか少しだけ微笑み、無意識のうちに彼女の頬を撫ぜるボクの手にそっと触れてきた。

ボクが触れていることで彼女が安心して眠れるならば…と考えたボクはベッドに横になり、彼女の小さい体を抱き寄せて頭を撫で続けた。


そうして2時間35分経過した時、彼女がゆっくりと目を開けた。


「おはよう、ハルカ。よく眠っていたね」


目覚めのキスと言わんばかりに、ボクは唇に触れるだけのキスをする。


「ん…おはよう…ございます…、…っ!!???」


ぼんやりとしていた視界がクリアになったのか、ボクの顔を見るなりハルカがジャケットを抱きしめたまま物凄い勢いで起き上がった。


「あ、あれ私どうしてベッドに…?確かソファで寝ていたような…?」
「あぁ、ボクがここまで運んであげたんだよ。というか、家の鍵が開いていて不用心にも程があるんだけど」
「そ、そうだったんですか…運んでくださってありがとうございます。鍵の件は以後気を付けます…」
「うん、そうしてよね。まったく」
「ごめんなさい藍くん…。ん?」


ハルカはベッドの上で律儀に正座しペコリと頭を下げた所で首をひねらせた。


「何?どうかしたの?」
「藍くん…?」
「君にはボクがレイジにでも見えるわけ?」
「ほ、本物…?」
「信じられない?それともカミュにでも見える?」


だとしたら君の視力検査を行う必要があるし、ちょっと不愉快。
ボクのそんな気配を察したのか、ハルカは首をブンブンと横に振って否定してきた。


「い、いえ!って、えええええええええ!?ふが…っ」
「ちょっと、いきなり大声出さないでよね」


普段の彼女とは思えない素っ頓狂な大声を上げたので、ボクは彼女の口を手で塞いだ。


「ふが…ふみまへ…」
「分かってくれればいいよ。…ふふ、君を驚かせようと思って早く帰ってきたんだけど大成功、だね」


起きてから驚くまでに4分29秒もの間があったけど、鈍くさい彼女だしそれは不問にしておく。


「どう、驚いた?」


そう問いかければコクコクとハルカが頷いたので、彼女の口から手を離してあげた。


「ぷは…、あ、藍くんその…ロケは…?」
「1日早く終わったんだよ。そのことをハルカに連絡しようか考えたんだけど、驚く君の顔が見たくて連絡しなかったんだ」
「そうだったんですね…、お帰りなさい、藍くん。お仕事お疲れ様です」


再びペコリと頭を下げてきたその姿が何故だかおかしくて、ボクは小さく笑った。


「ベッドの上でそう言われるのって何だか変な光景だよね。でも…ただいま、ハルカ」


それからボクも体を起こして、ハルカの背中に手を回しそっと抱き寄せる。
彼女のぬくもりをもっと近くに感じたくて…少しだけ強く抱きしめれば、彼女もそれに応えるかのようにゆっくりとボクの背中に腕を回してきた。


「会いたかったです、藍くん。たった一週間なのにとても長くて…」
「うん。でもね、ボクは君を思い出したことなんてないんだよ」
「…?」
「君の事を考えない時間が無かったからね」
「そ、それって…」
「ロケをしていても、どこで何をしていても君の事を思っていたってこと」
「……っ!わ、私も…」


彼女の声が小さく震えていることに気が付いたボクは、抱きしめる腕の力を少しだけ緩めて彼女の後頭部を優しくなでた。


「私もずっと藍くんの事ばかり考えていました。曲を作っている時は藍くんを真横に感じて頑張れたんですけど…一度手を止めてしまうと寂しさがこみあげてきて何も捗りませんでした」
「もう…それじゃプロ失格じゃない…何しているの」
「そ、うですよね…ごめんなさ…」
「でもそれって、君にはボクが必要だっていう意味で解釈していい?」
「はい…!私には藍くんがいないと…ダメなんです」


彼女がゆっくりとそして力強く言った瞬間、ボクの中がじんわり暖かくなるのを感じた。
この感情は……君と出会ってから知った感情。


「…大好きで大切な人から必要とされると、こんなにも嬉しくて幸せなことなんだ…」


嬉しい気持ち、幸せな気持ち。
好きという気持ち…ボクが知らない感情を全部、全部君が教えてくれた、大切な君。


「ねぇ…キス、シたいんだけどシてもいい?」


抱きしめる腕を解放して彼女の顔を覗きこむと、彼女は頬を赤らめながら小さく【私もしたいです】と言った…んだけど。


「……」
「…?」
「あのさ。目、閉じてくれる?さすがにシにくいんだけど」
「あ、す、すみませんっ」
「……ん」
「…っ」
「口、開けて」


そろそろと開かれる口の中に滑り込むようにボクは舌を差し入れて、彼女のソレに絡める。


「ぅ…、ふ」
「…ん…、好き、だよ…大好き…」
「んん…っ」


舌の絡む音が静かな部屋に響く中、ボクは久しぶりのハルカとのキスを余すことなく味わう。
顔の角度を変えればさらにキスは深くなるということを、ボクは君にキスをしていく中で学んだ。そして彼女もボクに合わせるように懸命に舌を絡ませてくるのを感じられて、とても愛おしく思える。
飢える、なんて感覚がずっと理解できないでいたボクだったけど、この一週間、君にキスできなかっただけでこんなにも君を求めてしまうなんて。これが【飢え】ってヤツなんだよね、きっと。


そうしてしばらくキスをしてから唇を離すと、ハルカは恥ずかしいのか下を向いてしまった。キスをする直前はボクをじっと見ていたのに変だよね。


「もう…、キスくらいで照れないでよ」
「すみません…で、ですがどうしても恥ずかしくてですね…」
「ま、そんな君も可愛いからいいけど。ところで、ボクのジャケットを上掛け代わりにするなんて君もやるようになったんじゃない?」


彼女の太ももの上に置かれたジャケットに視線をやると、彼女はこれまた恥ずかしそうにモゴモゴと話し始めた。


「あ、あの…これは、ですね…。その…すごーく寂しかったんで…藍くんの香りがするコレを抱きしめたら…その…藍くんに抱きしめられている感覚を感じられるか…んっ」


彼女が言い終える前に、ボクはハルカの顎を掴んで上を向かせ、再び口を塞いでいた。


「ふぁ…」
「ハルカのバカ…」
「ご、ごめんなさい…っ、皺にならないように気を付けていたんですけ…んむっ」
「ん…、そうじゃない。どうしてそう可愛いことしてくれるかな」
「え、えと…あの…」
「…ねぇ、今日の予定は?」
「えぇと…特には」
「それと、明日は空けて置いてくれているのかな?」
「はい!帰ってくると聞いていたので空けてあります!」
「そう。じゃ今日は一日君とベッドでこうしていよう」
「え?きゃっ」


トサッとハルカをベッドに押し倒し、その上にボクが覆いかぶさる。


「ジャケットなんかじゃなくてさ、今日はボクを抱きしめて眠りなよ」


チュッと音を立てておでこにキスをすれば、彼女は真っ赤になりながらソコを両手で押さえていて。


「そ、そんなことを言われてもドキドキして眠れるかどうか…」
「じゃぁ、君が眠るまでボクが抱きしめていてあげる。それで明日は観覧車に乗りに行こう?恋人になって初めてキスをした、あの観覧車に」


そうボクが提案すると、ハルカは照れながらも嬉しそうに微笑み、やがてゆるゆると夢の中に旅立つかのように瞳を閉じた。


彼女が再び穏やかな寝息を立てるのを確認したボクも瞳を閉じ、スリープモードへと移行する。


時刻はまだ午前11時15分30秒。
普段ならこんなこと絶対にしないんだけど、久々のオフだしいいことにする。


ボク達の休日は始まったばかりなんだから。

お休み、ハルカ。




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