BASネタバレ有

□確かなぬくもり
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3月14日。

世間ではバレンタインにプレゼントをもらった男性が女性にお返しをする日。
先月のバレンタインでボクはハルカからガトーショコラを、1日の誕生日にはハルカ自身を貰った。

人を貰うっていう表現は正しくないのかもしれないけれど、あの夜ボク達はようやく心と体を一つにすることができたんだ。そして【幸せ】というものを改めて感じることができた。

運よくホワイトデーの日は、ボクも彼女もオフだから何かお返しをしようと思っていたんだけれど、シャイニングの思いつきで突発的なファン感謝イベントを行うことになり、そのおかげでボクのオフは急きょなくなってしまった。

イベント以降仕事と新曲の編曲でまともに時間が取れないまま、2日も遅れた16日の今日になってさ…はぁ。本当、シャイニングの突飛な企画は調子が狂うからやめてほしいんだけど。結局プレゼントも買う時間なかったし。

そして今日、仕事を終えたハルカはいつもならボクのスタジオへまっすぐ来る。
ボク達の間で定番になりつつあるマリンゼリーを持って。
いつもは出迎えなんてしないんだけど…今日はやってあげよう。
きっと彼女、驚くだろうな。


ピンポーン


「…ん、いつもより来訪時間が早いね。まぁ、その分一緒にいられるからいいけど」


チラリと手元のデジタル時計に視線を向けたボクは、膝を抱えて座っていた椅子から立ち上がり玄関へと向かった。


「いらっしゃい、ハルカ」
「わっ、美風先輩…ど、どうしたんですか?」
「どうもしないけど」
「いつもなら勝手に入ってきて、と仰るので…まさかお出迎えしていただけるなんて思ってもいませんでした」


ボクが玄関で出迎えたことに彼女は驚いた様子でいたけど、すぐさま満面の笑みを浮かべて嬉しそうにしていた。うん、ボクの一番好きな顔だ。


「君を出迎えたくなっただけだよ。…3月とはいえまだ夕暮れは冷えるから、早く入って。コーヒー入れてあげる」
「ありがとうございます。そうだ先輩、マリンゼリーを買ってきたので一緒に食べましょう」
「ありがと」


ハルカからゼリーの入った紙袋を受け取ったボクは、彼女の手を取りスタジオ内までエスコートした。…もちろん、こんなことしたのも初めて。


「あ、あの…っ、先輩?」
「ん…何?」
「何かあったんですか…?」
「何もないよ」


ボクに手を引かれて歩く彼女の表情は見えないけど、つないだ手が少し汗ばんでいて。これは…緊張、いや戸惑い…かな?


「さぁ座って。今日はソファで食べよう。今用意するから」
「先輩、用意なら私がします…!」
「いいから。ボクが君にしてあげたいんだ。ダメ?」


首を傾げながらハルカを見下ろせば、彼女はブンブンと首を横に振った。ボクのこの仕種に君が弱いのなんてデータ取得済みだよ。


「い、いえ!ダメということではないのですが…でも先輩にしていただくわけにも…」
「いいの。君にはホワイトデーのお返しの用意が出来なかったから、せめて君をもてなすくらいのことはさせてよ」
「お返しだなんてそんな…」
「もう、グダグダ言うようなら押し倒すよ?」
「…っ!」
「イヤなら大人しく座っていてよね。……ま、最後は押し倒すけど…」
「え、何て…?最後の方が聞き取れなくて…」
「何でもない」


ボクの一言でハルカが大人しくなったので、ボクは手早くゼリーとコーヒーの用意をしてテーブルに並べ、隣に腰を下ろした。


「はい、あーん」
「え、あの…?」
「いいから口を開けてよ」


スプーンでゼリーをすくい、ハルカの口元へ運ぶと彼女はボクとゼリーを交互に見ている。


「じ、自分で食べられますから」
「ダメ。今日はボクがハルカをもてなすんだから…それにレイジにされっぱなしじゃ癪だし」
「…う〜…それじゃお言葉に甘えて、いただきます…」


おずおずと口を開けたハルカにゼリーを食べさせる。


「いつ食べてもおいしいです…!えと、次は私の番ですね」


頬に手を当てゼリーに舌鼓を打ったハルカが今度は自分のスプーンでゼリーを取りボクに差し出して来て。


「ボクはいいから、君が食べて」
「食べさせてもらったお返しです」
「…もう、ボクが今日はお返しする日なのにこれじゃ意味がないじゃない」
「私が先輩にしたいんです。ダメ…ですか?」


…何それ、さっきのボクの仕種に対する仕返しのつもりなわけ?
そんな上目づかいで見つめられたら、ボクが断れないの知っているんでしょ?


「ダメじゃないに決まっているでしょ。…それじゃいただきます」


ボクが口を開けると、彼女もつられたのか口を一緒に開けてボクの口にスルリと流し込ませた。…このゼリー、何度も食べたいって思ってしまっているから、やっぱりボクは好きなんだと思う。
あ、でも、ハルカに対するスキとは種類が違うから勘違いしないでよね。

それから礼には礼を、ということで再びボクがハルカにゼリーを食べさせ、さらにそのお礼でボクにハルカが食べさせる。…そうして食べさせあっているうちにいつしか二人のお皿から綺麗にゼリーがなくなっていた。


「美味しかったですね、先輩」
「うん。君が食べさせてくれたから余計にそう感じるよ」
「そ、そうですか…?」


頬を少し赤く染めてボクの隣にいるハルカへ腕を広げた。


「おいで」
「えっと…お邪魔、します」
「何それ変なの。この場面で言う言葉?」
「す、すみませんっ」
「まぁいいけど。どうぞ、ボクの可愛いお姫様?」
「…はい」


ボクよりもずっと小さな体をそっと抱きしめれば、互いのぬくもりと鼓動が伝わってきて心がとても落ち着く。
今までそう感じることがなかっただけに、とても愛おしく思える。


「…あったかい」
「ふふ、先輩もとっても暖かくて…こうしていられるのが幸せです」


ボクの背中に腕を回した彼女は、ボクの鼓動を確かめるかのように胸に耳を当てている。


「先輩が止まってしまってからの日々は…先輩の夢ばかり見ました。夢の中で会えることを喜びながら、朝目が覚めたら現実に引き戻されての繰り返しで…それでもいつか先輩に…いえ、藍くんに見つけてもらえるように前を向いて過ごすようにしました」


そういう彼女の声と体が小さく震えていることにボクは気付き、少しだけ強く抱きしめた。


「もう、大丈夫だから」


何が大丈夫なのかは言わなかった。今のボク達ならこの抱きしめる腕の力と互いのぬくもりで、言葉が少なくても想いが伝わるような気がしたから。


「はい。約束です」
「ずっと一緒にいよう、ハルカ」
「はい…!」


そうしてボクはハルカに唇にキスをして、背中を支えたままそっとソファに体を横たえさせた。





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