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□You are my Valentine.V
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藍くんが充電を終え、電話をするために席を外した瞬間を狙って私はキッチンのゴミ箱へガトーショコラとメッセージカードを捨てた。

食べてくれるかな、なんて甘い期待をしていた。
そうだよね、藍くんは人気アイドルで色々な人からものを貰う。その中には当然食べ物も含まれているけれどキッチリ包装されているか、お店のものしか口にしていない。

1年近く藍くんと一緒にいて私は藍くんの何を見てきたんだろう…、ほんと、バカ。
ゴミ箱を見つめているとじんわりと目元が滲んできた。


「そこで何をしているの?」
「え…と、なんでもないです…!」


私の背後から藍くんが気配もなしに声をかけてきた。
驚いて体が大きく飛び跳ねあがりそうになるのを懸命に押さえて、私はゆっくりと藍くんの方を振り返る。


「ふぅん…そのゴミ箱に捨てられている箱は何?」
「ちょ、ちょっとしたゴミです…!パーティーへ出かける際に収集場に持っていきますので…」
「ゴミという割には丁寧にラッピングが施されたままだけど……ねぇ、まさか」


グイと私の体を横へ押しのけた藍くんはゴミ箱へと手を伸ばし私が捨てたガトーショコラの箱とメッセージカードを取り出した。
うぅ…ここに捨てなきゃよかった。


「…藍くんへいつも私の…」
「……え!?あの…っ!」


藍くんは箱を片手にメッセージカードを広げ、あろうことかその場で声に出して読みだしたので私はそれを阻止すべくメッセージカードを奪い取ろうとした。
けれど藍くんは私がとれないように高くカードを掲げリビングへとスタスタ歩いて行ってしまって。


「いつも私の指導をしてくださってありがとうございます。藍くんの歌はしなやかさと透明感を併せ持っていて聞く人すべての心を捉えて離しません。私も藍くんの歌声に魅了された一人です」
「藍くん、や…やめてください……っ」


そしてテーブルの上に置いてある女の子たちのプレゼントを端に寄せて、私が捨てた箱をテーブルの中央に置いた。


「どうして?捨ててあるものをボクがどうしようとボクの勝手でしょ。ここ、ボクの部屋だし」
「で、でもそれは私が書いた……はっ」
「やっぱり。コレ、君が持ってきたものだったんだ。どうしてここに捨てたの?」
「それ、は…」
「ボク、てっきり君から貰えるもんだとばかり思っていたんだけど?」
「……藍くん、さっき言いましたよね」


藍くんの言葉を思い出して再び私の視界は滲む。けれど先ほどと違ってその涙は目元に留まることなく私の頬を伝って零れた。


「手作りは何が入っているか分からないから食べるわけがないって…」
「うん。というか、そんなことで泣く?」
「そんなことって…!藍くんはアイドルだから手作りを口にしないのは当たり前かもしれませんけど…私だって…他の女の子たちみたいに藍くんを想って…」


思い出しただけでも悲しいのに、自分で口にすると益々切なさがあふれて、それが涙になる。藍くんからしたらどうでもいいことなのかもしれない…けど。


「確かに手作りは食べないよ」
「……」
「大して面識がない人のは、ね」
「………え?」
「考えてみてよ。よく知りもしない人からいきなり手作りのお菓子貰って普通食べる?」
「……た、食べないかも…です」
「それと同じ。今日貰ったのは一度や二度仕事が重なっただけの子たちから貰ったものばかり」


私の頬を伝う涙を袖口で拭いながら藍くんは『何も泣くことないでしょ』と少し呆れたように言っていて。
…そうだったんだ…というか同じ業界人としてちょっと考えればわかることだったかも。
あの言葉一つで頭が真っ白になっちゃって…そんな余裕なんてなかった。

そしてゴシゴシと少し痛いくらいに目元をこすられ、抱き寄せられた私はそこにキスをされた。


「ん…」
「さてと…ハルカも泣き止んだし、幸い中身は平気なようだから開けてもいい?」
「その…形が崩れちゃっているかもしれませんが…」
「ふぅん…ということはチョコじゃないんだ。なんだろう。ますます気になるよ」


丁寧にラッピングを外し箱を開ける藍くんの行動を私はおそるおそる見ていた。
…よかった。形はどうやら崩れていないみたい。


「これは…、ケーキ?」
「はい。ガトーショコラです」
「【You are my Valentine】…意味は『私の大切な人』…」


ガトーショコラに乗せたあったメッセージプレートを藍くんはゆっくりと読み上げ、食い入るようにそれを見つめている。


「私、コーヒー入れてきますね」


ガトーショコラを見つめたまま藍くんが動かなくなってしまい、部屋には沈黙が流れた。
なんだかその場に居辛くなった私は、理由をつけてキッチンへと向かおうとしたら藍くんに腕を掴まれて。


「ねぇ、もう一つの意味があるよね。このメッセージには」
「きゃ…」


そしてそのまま腕を引かれ、藍くんに腰を抱き寄せられた。


「君の口から聞きたいんだけど」
「え、えと…」


藍くんは腰を抱き寄せている手とは逆の手で私の顎を掴み上を向かせた。
上を向かせられた私は綺麗なアイスブルーの瞳に見つめられ、互いの距離は鼻と鼻が触れそうなほど近い。


「早く言って?」
「その…」


今にもキスされるんじゃないかっていうくらい近くて、私の胸は早鐘を打つ。
You are my Valentine.のもう一つの意味…それは…


「私の…」
「………」


…今日のこの日の力を借りて想いをちゃんと伝えようって、決めたじゃない。
いつもは藍くんに見つめられて視線をそらしてしまう私だけど、今日は逸らしません。


「【あなたは私の恋人】。藍くん、好きです…大好き。これからこの先もずっと。藍くんの傍にいさせてください」


そう言い終えた瞬間、藍くんはとても柔らかく微笑み、私の唇に音を立ててキスを落とした。
そしてぎゅっと抱きしめてくれたので、私も藍くんの背中に腕をおずおずと回してそれに応えた。


「当然でしょ。ボクの隣にいていい女の子はハルカ、君だけだよ。ていうか離れたいって言ってももう離してなんてあげないけど」
「わわ…っ」


私を抱きしめる腕に一層力が込められて、す、少し苦しい…


「あ、藍くん…苦しいので少し…は、はな…」
「ダーメ。離してなんてあげないって言ったでしょ」


そ、それってもうこの時から有効なの…?!
嬉しいけど、このままだと何もできないよ…


「でも、君のこのガトーショコラも食べたいし…仕方ない。今は離してあげる。その代り飛び切り美味しい珈琲を淹れてよね」
「はい!」


藍くんの腕から解放された私は急いでコーヒーを淹れる用意をした。



【次ページはおまけです】
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