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□ボクだけの枕
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新曲作成も大詰めとなったある日の事務所でのこと。
ボクとハルカは事務所とスタジオ行き来する日々が続いた。
ハルカの顔は疲労の色が濃いけれどそれでも明るく振舞っており、かくいうボクもラボに通う時間がなく十分な充電時間もない状況だった。


「(あ…やばいかも…)」


エネルギー量が3分の1を切った。このままだといずれ事務所で電源が落ちかねない。
ハルカやショウ、ナツキだけだったらまだいいんだけど、事務所に所属している人間でボクの秘密を知らない人間が大勢いる。
しかし幸いなことに今、事務所にはボクとハルカしかいない。
誰もいないうちに省電力モードに移行すれば幾分かは保つけど、そうすると視界は霞み、思考回路や反射神経が鈍くなるんだよね。人間でいう【眠気】に近いモノらしい。
本当ならやりたくはないんだけど電源が落ちるというリスクを考えたら…やらざるを得ないよね。


「…ぱい、美風先輩」
「…なに」


隣に座るハルカが心配そうにボクの顔を覗きこんでくる。


「私の話、聞いていましたか?」
「……ここのフレーズのことでしょ」


そんなボクの状態をハルカに気取られたくなくて、平静を装って机の上に置いてある楽譜に指をさした。


「…いいえ、その話はさきほど終わりました。…先輩、凄く疲れた顔をしていますねって言ったんです」


迂闊だ。ボクとしたことが…省電力モードに切り替え中にハルカの言葉を聞き逃すなんて。


「…疲れる?ボクにはそんなこと起こりえないよ」
「ですが、心ここに非ずというか…ぼやんりとしていらっしゃるので…」
「そんなことは…」
「そうだ先輩。今なら誰もいませんし…そ、その…よかったら…ここ…どうぞ」


そう言いながらハルカは頬を赤らめながら両手で自身の太ももを小さく叩いている。


「?…何が【どうぞ】なの?」
「先輩に少しでも休んでいただこうと思いまして…その、膝枕をと…あ、でも安心してください!脂肪がたくさんついて柔らかいはずですから!寝心地はいいと思います!」
「そこ、自信満々にいうところ?」
「う…っ」


ボクに突っ込まれたハルカは一気に茹蛸のように真っ赤になりわたわたと何やら慌てていて。


「でも、この上なく貴重な君からの膝枕へのお誘いだし…お言葉に甘えさせてもらうとするよ」
「は、はい…っ」


ハルカの太ももの上に、仰向けで頭を乗せたボクは真下からハルカをぼんやりとした視界で見つめた。
この角度から君を見たのは初めてだ…省電力モードじゃなきゃクリアに君を見られてもっといいんだけどな。


「せ、せせせ、先輩!目、閉じてください!」
「どうして?」
「その綺麗な瞳で見つめられると私が恥ずかしいというか…」
「だって…こんな風に君を下から見る機会ってそうそうないからね」


ほんの少し微笑んで見せれば、茹蛸のように真っ赤な君は掌でボクの視界を塞いできた。



「…ねぇ、これじゃ何も見えないんだけど」
「〜〜〜ッ!こ、こんな膝枕でよければいつでも提供しますから…とにかく今は休んでくださいっ」
「……残念。じゃ、10分だけ休ませてもらうから10分後か休んでいる間に誰か来たらここのスイッチを押して」
「分かりました」


10分でもスリープ状態にできれば十分と判断したボクは、小さな掌で視界を覆われたままそう告げると瞳を閉じ、そして柔らかな君の膝と心地よい掌のぬくもりに包まれながらスリープ状態へと移行した。

…今度は通常時に膝枕をお願いしてみよう。




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