銀月短編

□月下氷人
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ああ、まただわ。
日輪はひのやの店先で苦笑した。
店先には見慣れた白髪頭の侍一人と、月詠の姿があった。
お馴染みの遣り取りを飽きもせず繰り返し、舌戦を繰り広げるその姿はもはやひのや…いや、吉原名物と云っても良かった。
だが、日輪の『また』はその名物と化した舌戦ではない。
元々、遊女、それも最上級の太夫として生きてきた日輪には、それは二人の舌戦よりももっとお馴染みの光景だった。
月詠も鈍いわねえ。
それとも気付けというほうが無理なのかしら?
日輪ほどの遊女ともなれば、初会、二会目の客とは「話すだけ」、もちろん客は指一本触れられない。
三会目となって、ようやく客に肌身を許したものだ。
いわゆる「裏を返す」呼ばれるのがこれに当たる。
だから、日輪は敏感だった。
初会、二会目とずっとその視線に晒されてきたのだから。
ねえ、月詠、銀さんがお腹が空いた野良猫みたいな顔してるわよ。
気付いておやりなさいな。
遊女なら気付いていても手練手管で気付かぬ振りするその目つき…か。
ぷっ、と日輪は吹き出した。
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