銀月長編

□【後編】
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「腹は決まったか?」
この後に及んで小憎らしいことを言う男を一睨みした後、月詠は紅を刷いた唇に笑いを載せた。
「ここまで舞台を揃えてもらって怖気づくわけはなかろう」
月詠の吹っ切れたような笑みに銀時も不敵な笑みを浮かべた。
「天下の吉原桃源郷、一回こっきりの興行の幕開けだ」
差し出された銀時の手の上に、自分の手を載せ、月詠はしっかりと頷くと、一歩踏み出した。
緞帳こそ上がらぬが、背後から「よっ!万事屋」「ひのや!」と大向こうさながらの日輪や新八の声が飛んで、ぷはっと二人は吹き出した。

「花嫁ご寮だよぉー」
店先まで進み出れば、二人が出てくるのを今か今かと待ちわびていた皆の歓声が沸いた。
「頭!キレー!」「ぎゃあ、頭〜、お幸せにィィィ」「銀様、頭を泣かせたら、百華がぶっとばしますからね!」
ぎゃーぎゃーと叫びながら、ぱしゃぱしゃ立て続けに写真を撮られて月詠は目をしばたかせた。
何か完全に芝居というのをきれいサッパリ頭からぶっとばした部下たちが、目頭にハンカチをあてて涙を拭う姿に月詠は流石に困惑する。
さっきの神楽の話ではないが、芝居でこれじゃあ、本番はどうなるのだろうかなんてことをちらりと考え、そんなことを思い浮かべた自分に頬を染めていたら、突如、三味線の音がベンと響いた。
吉原の咽自慢たちによる謡曲、「高砂」の唱和が始まった。


高砂や、この浦舟に帆を上げて、
この浦舟に帆を上げて、
月もろともに入り潮の、

とまで朗々と謡い上げたところで、銀時の「ストップ!ストップ!やめろ」と無粋な邪魔が入り、吉原の妓たちの心憎い演出に瞳を潤ませていた月詠は、キッと銀時を睨み上げた。
「なんじゃ?!」
「入り潮はねえだろーが」
そういうことかと月詠はため息をつく。銀時の中途半端な知識に舌打ちを漏らしたくなった。
本来の歌詞は「出で潮」だが、目出度い席で「出て行く」は験が悪いと「入り潮」に変えるのはよくあることだ。銀時はそれを知らないのだろうと月詠はため息をつく。だが。
「月もろともに入り潮はねえだろう?お月さんが見えなくなっちまう」
と次いで発した銀時の言葉に、ああと皆が笑って手を打った。
確かにねえ、月もろともに入り潮じゃあ、逆に縁起が悪いと笑い声がさざめいた。まあ、俺はしっぽりお月さんと床に入り潮でもかまわねえがなァとの余計な付けたしには、もっと笑いが起こったけれど。
こんな格好をしていなければ、銀時を蹴っ飛ばしてやるのだが、と思いつつ、月詠も、皆に釣り込まれるように笑った。
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