銀月長編

□【中編】
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「まず分かったことを順を追って説明しますね」
店先でする話でもないからと店奥の居間に移動してから新八による調査の報告が始まった。
「やっぱり銀さんの推察どおり、お登勢さんの旦那さんの辰五郎さんが関わってまして、詳細な手控えが残してあったので、これに随分助けられました」
「気味悪いからなんとかしてくれって、方々の店から苦情が来たみたいでな」
と銀時が補足する。
「当時からかなり心が病んでいたようなんですけど、辰五郎さんとお登勢さんが辛抱強く聞き出したみたいで、名前と以前んでいたところが分かっています。あと、年も」
お登勢さんじゃなかったら、とてもじゃないが聞き出せなかったと思いますと新八は付け加えた。
「名前はお今さん。年は当時で40歳だったらしいです」
新八の言葉に日輪と月詠が揃って驚きの顔を見せる。
「もっと上かと思っていんした」
「だな。俺も70後半くれえかと思ってたわ」
それだけ厳しい年月を「はは殿」いや、お今は送ってきたということになる。
「以前住んでいたのは、千住でした。そっちでお今さんと娘さんのことを知っているというご隠居から話を聞きだすことができました」
「ご飯食べたかどうかもわかんないような耄碌爺さんだったけど、昔のことならよく覚えてたネ」

新八が土地の隠居から聴き取ったというお今の人生を一言で述べると、「転落」という言葉がお似合いのものだった。
世間知らずの若い女が見栄えだけよい博打好きのどうしようもない男にほれ込んで、所帯を持ったのが運のツキ。胴元からの借金が嵩んで首が回らなくなっていたひとでなしの亭主が男の娘の器量の良いのに目を付けていた女衒に身売りを持ちかけられて二つ返事で売り飛ばしたのだと新八は嫌悪感を露にしながら語った。
「何処に売られたかは分かったのか?」
「ええ」
月詠の問いに新八が吉原と並ぶ大遊郭を抱える色街の名前を挙げた。
「同じ長屋に住んでる男がそこで見かけたって、お今さんに吹き込んだらしいです」
「親切心だったのか、どうだったかは分かんねえけど、考えのないことを言ったモンだぜ」
「確かにな」
「本当だねえ」
月詠と日輪がため息の混ざった返事を返した。
「それが引き金だったんじゃな?」
「ご隠居曰く、その通りだったそうです。昼夜問わず、その色街をうろうろして、目障りだと暴力を振るわれて、酷い怪我をして帰って来た事もあったとか。その頃から、徐々に心のバランスを失っていたようなんですけど、ある日、決定的なことが起こりました」
「なんじゃ?」
「死んでたんだよ。とっくの昔に」
「……娘御がか?」
「ああ。あんまりしつこいモンで、その娘を買った楼主が教えたようだな」
「話を聞いたご隠居は長屋の差配もされていたんで、その辺の事情は良くご存知でした。半狂乱になって倒れてしまったお今さんを引き取りに行かれたそうで」

……おまえさんの言う娘なら、とっくの昔に病気で死んだよ。お陰でこちらは大損だ。

「そう言われたそうです」
はあ、と深いため息と沈黙が夜に満ちた。
「やはり亡うなっておりんしたか」
「ああ。でも、婆さんは受け入れられなかったんだ。ある日、フラッと長屋を出て行ってそれっきりになったんだと。隠居の爺さんも、まだ探し続けていたとは思わなかったらしいな」

重苦しくなった空気を振り払うように月詠が声を上げた。
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