銀月長編

□【二】
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鼻をくすぐる金糸の髪に涙を堪えた紫苑の瞳。
さんらんぼの唇が紡ぐ出すクソ生意気なことば。
小さな身体でふんぞり返る偉そうな態度。
髪をかき回す小さな指に首に巻きつく細い腕。
じんわりと暖かさを分けるその体温。
その可愛らしい記憶の姿に男は願った。
どうか、お前の運が良いように。
もう、こんな妄執の桜の庭に迷い込むことがないように。
……あの子どものことを考えておるのか?
「うるせェよ」
男は寝転がったまま桜に言葉を返した。
俺の話相手はコイツだけでいい。
それが、俺への罰だ。
……つまらぬのう。お主がこれ程、覇気のない男と知っておったら喰らわずに済ませたものを。
「今更、言うなよ」
男は苦笑した。
そのまま逝かせてほしかったのはこっちの方なのだ。
地獄だってどこでも良かった。
「どこでもないところ」で彷徨い続けるくらいなら。
残された妄執は薄れるということを許さない。
時を止めたのか、時をなくしたのか。
残された妄執は偽りの太陽がこの庭に昇るたび、深く鮮やかに甦る。
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