銀月短編3

□半熟時代【後編】
2ページ/7ページ

「じゃ、俺が洗うから月詠は濯いでくれ」「分かりんした」なんて会話を交わしながらチラッと俺を見て「俺」が笑った。これも随分、人の悪い笑顔だ。てめえ、絶対、分かっててやってやがるだろう?!
5年前の銀さんをいたぶって何が楽しい?!あ、「俺」は俺だから楽しいのか。
「俺」は俺だから、当然、Sなんだし。ん?でもこの場合。「俺」がいたぶってるのは、俺である。自分で自分をいたぶってるとも言えなくもない訳で、ってことは…、Mなのか?いや、でも自分であっても「俺」と俺は存在自体は別だから、やっぱりSか?!
割と、いやかなりどうでもいいアイデンティティに関する問題に頭を悩ませつつ、流しの前で並ぶ「俺」と月詠に目をやれば、「俺」はいつも俺が洗い物をする時にそうするように左の袖から腕を抜いて、両肩を腰に落とした後、「袖、濡れるから気を付けろよ」言いつつ、驚く程の自然な動作で月詠の左袖を帯に挟み込んでやっていた。
月詠の顔が耳たぶまで赤く染まって、口元だけで小さくごにょごにょと何か返事をした。多分「ありがとう」と言ったのだ。「俺」の顔がふにゃりとだらしなく緩む。
おい、コラ。月詠!!どうして、そこでデレる?!そこはクナイだ。ブン投げろ!ぶしっとデコに刺してやれ!俺が構わねえと言っているから「俺」も構わねえ筈だ!
思わず手に力が入って、握った湯のみにひびが入り、真っ二つにぱっかりと割れた。
神楽と新八の「自分に妬いてどうすんだ?バーカ」とあからさまに言っているような視線が痛い。
呆れたような顔を見せた後、新八は流しの前に立つ二人に目をやって、その目を細めた。口元が嬉しげに弧を描く。
「何だかいい光景ですよね」
洗い物をしながら「俺」と月詠は何か語り合っている。珍しく、月詠の表情は柔らかで、それを見る「俺」の目も穏やかだ。穏やかで自然で、ふわりとした平和な日常的な空気が漂っていた。どうしても、そこに立っている「俺」が自分とは思えなかった。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ