銀月短編3

□クローバー
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「じゃあ、一緒に行きますかィ?」
屯所に来ていた百華の頭に世間話ついでに寄席の話をしたら、思いもよらず、食いついてきた。
聞けば、興味があったのだとか。
ほら、廓噺も多いじゃろ?とそう言ってはにかんだ月詠を何の気なしに誘ってみれば、これもまた「行きたい」と返事が返ってきて、沖田は驚いた。
前から思っていたことだが、どうやらこのお人は、大人の男(万事屋の旦那を除く)を少々苦手としている節がある。
自分や山崎には案外、心安いのだ。
連れ立って歩けば、道行く男たちの羨望の視線が注がれる。
何となく、いい気分になって来るのは仕様がない。
これでは、万事屋の旦那が過保護気味になるのも致し方ないかと、苦笑が漏れた。
道中の会話ももっぱら、自分の生まれ故郷の武州の話だった。
吉原と江戸(それももっぱらかぶき町界隈)しか知らないこの女にとっては、まるで別の星(そういや、本当に宇宙にいっしょに行ったこともあったっけ)の話を聞くが如くもの珍しいものらしい。
他の連中のように色々と知られていないという気安さが、こっちの口も軽くする。
武州の海の話をした時、一瞬、月詠がぎゅっと目を瞑ったのに、気付いて、沖田は首を傾げた。
「どうかしたんですかィ?」
「いや、海はあまり好きではない」
「そりゃ、もったいない」
「……黒くて、コールタールを流したかのようじゃった」
搾り出すような記憶の言葉に、沖田は眉を顰める。
どうやら碌でもない記憶しか、この女にはないのだろう。
「そりゃ、海が可哀想だ。江戸の海はありゃー海じゃありませんぜ?」
「そうなのか?」
「万事屋の旦那に連れて行ってもらったらどうです?」
『万事屋の旦那』と口に出した途端、月詠の顔に狼狽が走るのを見て、沖田は笑った。
分かりやすくて可愛いお人だなァ。
無表情だ殺風景だと旦那は言うけれど、分かりやすくていいじゃねえかと思う。
腹のしれない作り笑いに比べたら、どんなにマシか。
「銀時がそんなことをする訳がない」
「あー、それはそうでしょうねー」
色々と面倒くさい男だから、たかが海にもこの女を連れて行くことに『理由』が要るだろう。
なんか歯がゆいなァと思う。
俺でさえこうなのだから、メガネとチャイナがどれだけ歯がゆい思いをしているかなんて、押して知るべし。
ドSを自認しているが、今ひとつ、この女にそれを発揮できないのは、好きあってる男と女が道の違いで別れる様を見てきた所為か。
あの二人とは違うのに。この二人は同じ方向を向いているはずなのに。
同じ方向を向いているが故の苦しさもあるかもしれない。
けれど。
『せめて』と思ってしまうのだ。
せめて、この女くらいは、と。
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