銀月短編2

□李白にサヨナラ、ジョーにヨロシク
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酒を飲んだら水辺に近付くな、と誰かに昔、言われたっけな。
誰に言われたんだっけなァと記憶を酔った頭で掘り下げてみようとしても、酒精が満ちた脳みそでは思い出せそうもなく、銀時は早々に諦めた。
でもこの場合は仕様がねえだろうと銀時は、ゆるゆると川を下っていく舟の上で猪口を片手に一人笑う。
対岸に見える江戸の町は雪と月の光に照らし出されて白々と輝き、風流心など欠片も持たない銀時でさえ、ほおと見入る程、美しい。雪は夜にこそ、その白さを増す。

――雪は嫌いじゃない。寒いのは勘弁だが。

腐り切った生の残骸をも凍てつかせ、根こそぎべりりと剥ぎ取っていくような無慈悲な美しさは嫌いじゃない。それに、楽に死なせてくれそうだ。

それでも結局死ねず、ここなら手間も省けるんじゃないかとそう思って転がっていた場所で、お登勢に拾われて、生き長らえている自分には不思議すら感じる。雪も結局は自分を楽には死なせてくれなかった。大昔に「楽に死なせてあげる」と言った子どもの事を思い出して、銀時はくっと咽の奥で笑った。
結局、楽に死ぬなど果報なことで望むべくもないのだろう。だが、その代わりに得たものは、酷い死に様をしたとしても充分にお釣りが来ると、漏れる明かりと笑い声に銀時は薄っすらと笑う。

今夜は九兵衛の招きで、屋形舟の宴席が設けられていた。所謂、雪見舟だ。
雪月があっても、花がないと言えば、「お花なら私たちがいるじゃありませんか。銀さん」とお妙にドスの利いた声ですごまれた。その自称「花」たちは、屋形舟の室内で鍋やら天ぷらを食い散らかしている最中だ。
一人で月と花の二役を担える便利な女は、生憎とその場にはいなかった。雪見障子の傍で雪景色を眺めながら、紫煙をたなびかせる月詠は絵になるだろうと銀時は唇を上げる。
こんな時、「居ない」なんて、その不在を殊更に思うようになったのはいつのことからだったかは、もう覚えていない。気が付くと、今日は「居る」とか「居ない」とかそんな事が頭を掠めるようになっていた。

見上げた月は白々とした光を雪の町に落として、汚いものも腐ったものも雪の白さと同化するかの様に覆い尽くしていた。
今宵の月はやけに高くて遠い。

――月に手を伸ばせ。例え、届かなくても。

なんていう、ジョーなんちゃらとかいう男の言葉をスナックで隣にたまたま座り合わせた客から聞いたことを不意に思い出した。情熱と理想と少しの向こう見ずさを混ぜたようなその言葉は、名言と言えば、名言なのだろう。生憎と、自分は届きもしないものに手を伸ばす趣味はない。ルフィの腕も怪物くんの腕も持ち合わせてない。身長177cm、それに見合った腕があるだけだ。
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