銀月短編2

□恋文は眠る
1ページ/4ページ

ああ、困るな、と月詠は文机の上に載せられた小さな鉢植えに柔らかなため息を漏らした。その薄紫の花は今もなお、うっとりするような甘い香りを放っている。
こういうことをされては、困る。
月詠は文机の上に顔を伏せた。板の冷たさがほてったような頬に心地いい。

朝、花の甘い香りで目が覚めた。
自分が何処にいるのか分からなくなってしまう程の甘い花の香は、一瞬、自分を花園へと運んで行った。
枕元には見覚えのない菫の花の鉢植えが一つ。
呆然として、それから、それを置いていった人間に思い当たって、かあっと頬が熱くなった。自分の目を覚まさせずに部屋に忍び込んで来れるような者はそうはいない。
勝手に寝間に忍び込んで来たことよりも、自分のいささか子どもっぽい所業を見られたことよりも、奥底に沈めた自分の心がふわふわと胸の内を浮き立つように立ち上ってくることが居たたまれなかった。
それはこの花の香のように立ち上り、心の部屋を埋め尽くす。胸の内がいっぱいいっぱいで溢れるように苦しい。どうかすると、それは漏れでてしまいそうに思って、月詠はこっくりこっくり何度も、それを飲み込んだ。
咽が詰まって、息が詰まって、胸が詰まって、嬉しくて、嬉しくて、そして、辛い。
この健気な紫色の花が落ちるまで、自分は毎日、こんな思いをするのだろうかと月詠は途方に暮れた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ