銀月短編2

□花園
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銀時とて何も用意していなかった訳ではなかった。一応、名誉の為に言っておくと。ものがものだけにとてつもなく照れくさかっただけというのが真実である。
酔いつぶれて居間で寝ていた銀時は、共にすぴすぴ寝ている新八と神楽を起こさないようにそうっと立ち上がった。

トイレに入って、小窓を開け、暗闇の中手探りで探れば、雨どいの中に置いておいたビニール袋がかしゃりと音を立てた。目的のものを引き上げれば、途端に広がる甘い花の香り。香りに一瞬、頭が眩んだ。ついでに小便も済ませてから、銀時はそうろりそうろりと廊下を進む。

大事そうに手に持ったビニール袋の中には小さな花の鉢植え。とてつもなく自分に不似合いなことは承知していたが、ここに来る途中、花屋の店先で見かけて、衝動的に買ってしまった。
まず花の色がいけなかった。薄紫の小さな花弁。そして香りもいけなかった。こんな小さな花が、と驚く程の強い芳香。そして、店員の言葉がいけなかった。

――厳しい季節に咲く香り高い花っていいものですよね。

ああ、ぴったりだ、なんて思ってしまったのだから、月詠のことを乙女なんぞと言って笑う資格はないかもしれない。
花の名は「ニオイスミレ」。
こんな小さな鉢植えでも一晩部屋に置いておけば、花の香りで満たされるほど、香り高い花であるという。値段にして数百円。充分買うことができる値段だった。
花束って訳でもないし、ほら子どものプレゼントレベルの値段だし、ラッピングとかカードも断ったし、入ってるのほらビニール袋だし。
ぶつくさ呟くいい訳めいた言葉とは裏腹に繊細な花弁やら茎を壊さぬよう、懐に入れてそうっと歩く自分とか、懐から立ち登る甘い香りだとか。ひのやに着いたころには、恥ずかしさのあまり居ても立ってもいられなくなって、即効、トイレに駆け込んで、外の雨どいの中にこれを隠したのだ。
で、今、まだ何とか二月九日のうちにこれを届けようと思い立った訳である。ここで枯れさせてしまうのはなんだかあまりにその健気な花に悪い気がしたし、何より、皆からの見当違いでも心づくしのプレゼントに月詠がふうわり嬉しそうな顔を見せるのが、少しばかり、そうほんの少しばかり妬けたのだ。

気配を殺して、部屋の中を伺うが、誰何の声はない。月詠は気を許した者の殺気のない気配には寛大だ。すうと障子を開けると、月詠の枕元、小さな行灯の形をした照明が滲むような輪郭の柔らかい光を放っていた。起きてるのかとぎょっとしたが(夜這いの謗りは免れられない)、すうすうと穏やかな寝息が聞こえ、単に点けっ放しで眠ってしまっただけだと知って、安堵する。
枕元にはずらっと並べられた今日の贈り物の数々。枕に伏せた手の甲に顔を載せた不自然な体勢で眠っているところを見るに、それらを眺めながら、いつの間にか眠ってしまったのだろう。軽い笑みを唇に刷いて月詠は幸せそうな顔で眠っていた。
その予想外の光景に銀時は寸の間、固まった。月詠にしては子どもっぽいその行為が、月詠の喜びを如実に物語っているように思えて、銀時はがりがりと頭を掻いた。正直、可愛いと思った。
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