銀月短編2

□I wish you were here
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「弦月を例えるなら何じゃ?」
仕掛けるような悪戯めいた声音に土方は笑いを漏らした。
「そうだな。三日月なら背中についた爪の痕とか言うところだが」
「色っぽい話じゃのう」
「ありきたりだが弓か」
「鵺を射落とす弓張月か。うむ…それでは」
「鎖鎌とか言うんじゃねえぞ」
「おお。良く分かりんしたなあ」
クスリとささやかな笑い声が秋桜のピンクの花弁に落ちた。

ふわりと、白い手がおやすみなさいと告げるように秋桜の花を撫ぜる。
街の明かりを映して暗い水面は揺らめく光をはなっていた。
頭上には白々と光る上弦の月。そして頼りなげに風に揺れる秋桜。

戯れに親指と人指し指で額縁を作り、女を中心に景色を切り取って覗いてみれば、何処をとっても絵のようで、またそれが何処をとっても女の因果であるように思えて土方はため息を密かに漏らす。

「本当の花ってやつは、己が綺麗だなんてこれっぽちも知らねえんだろうな」
思わず漏らしたため息混じりの言葉に月詠が少しばかり驚いた顔をする。
「そうじゃな。花は花。人に褒められたくて咲いておる訳ではない」

アンタの事を云ったんだけどな、と思いながら土方は薄く笑う。
それでも、自分の言葉に感心したのかしきりに頷く月詠に土方は咽の奥でくぐもった笑いを漏らした。

「ところで、ぬし、こんなところでさぼってて構わんのか?」
急に現実的なことを口に上せた月詠に土方は顔を顰めた。
「ああ?どうせ帰ったところで、くだらねえ面倒ごとが待ってるだけだ」
「局長はストーカー、部下はぬしを暗殺しようと虎視眈々ではのう」
可笑しげに月詠が口元を緩めた。
「もっと楽して暮らしたい」と嘆息混じりに答えれば「どうせすぐに飽きるじゃろ」と呆れた声が返って来た。
「まあな。でも流石に年食ってまでは嫌だぜ?身体が利かなくなったら、楽して暮らしたい」
自分で言いながら、次第に心がすぅと冷えるのを感じて、土方は無理に唇を吊り上げた。
老人の自分か。
さぞかし惨めなものになっているに違いない。

「年食って、身体が利かなくなって、まだお互い生きてて、独りモン同士だったら、俺と一緒に暮らすか?アンタとなら、楽して暮らせそうだ」

戯言のつもりだった。
けれど、それを口に上せた途端、やけに言葉に本気の色が混じっていることに気付いて、土方は内心、狼狽する。
だが、戯言と受け取ってくれたようで、「『幸せだ』とか『楽しい』とかじゃないところがミソじゃな」と呆れたような返事が返ってきて、土方を安堵させる一方で、少しばかり落胆させる。

「アンタだって嫌だろう?使えなくなって、誰からも忘れ去られて、独りで死ぬのは。それじゃ、丸っきり年食った遊女のなれの果てじゃねえか。解放された吉原で、アンタだけ昔の遊女のように死ぬつもりか?」
「嫌なことを言うな」
歪んだ顔に言い過ぎたかと土方は口を噤んだ。

けれど、見たくはないのだ。この女のそんな姿を。
同情か。後悔か。贖罪か。分からないと土方は思う。

「惚れた腫れたを超えた男と女の繋がりってのもあると思うぜ?」
僅かに月詠を纏う空気が揺れた。
「なーんてな」
冗談めかしてそう付け加えれば、ほっとしたのかいつの間にか肩にこもっていた力が抜けるのを土方は黙って見ていた。
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