銀月短編2

□I wish you were here
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冴えた夜空には、くっきりとした上弦の月が昇っていた。
川原に沿った道を歩いていた土方は土手に群生した秋桜の向こうによく知る女の姿を見つけて立ち止まった。
いつもは秋の月のように曇りのない冴えた美しい女であるのに、今夜のその姿は春の朧月のように霞がかったように輪郭すらも曖昧にしている。
何となく、放っておけないような気分になって土方はその背に声をかけた。
「よう。いい月夜だな」
女―月詠は驚いたように振り返った。
土方の姿を認め、微かに顔を歪める。

「ぬしか」
「誰だと思った?」
「別に誰とも」

嘘をつけと土方は内心で苦笑する。

「丁度いい。火種を貸してくれ。こっちはガスが切れてる」
指に挟んだ煙草をひょいと持ち上げれば、月詠は、自分の煙管に目を落として、頷いた。
がさがさと背の高い秋桜の間を縫って、月詠に近付くと、咥えた煙管の火皿から直接、煙草に火を移す。
覚えがないほど近付いた顔に土方の心音が僅かに乱れた。

「月見か?十五夜はおろか十三夜も終わってるぜ」
「いや、秋桜が綺麗じゃったから」

月詠はそう言うと秋の夜風にゆらゆらと揺れる秋桜を見下した。
伏せた睫毛がいやに綺麗で儚げに見える。
ちょっとその睫毛を露の一滴でもって湿らせりゃ、誰でも落ちそうな気もするが、かと言って、それができる女でもないだろう。
あの男はどうだか知らないが、自分は泣かない女の方がいい。泣かない女の強さに付け込みたいだけの男の狡さかも知れないが。

「まあ、秋の花にしては、見栄えがいいわな」
「比べるのは愚かしいことじゃな」
「華には美も醜もねえって?」

いつだったか、ハイスペック男子が言った言葉をそのまま返してやれば、月詠はフンと一つ鼻を鳴らした。

「まあ、確かに比べるのは愚かだな。第一、薔薇を前にしたレンゲ草やらタンポポが自分の地味さを恥じて萎れるなんて話聞いたことねえ。まさに花には美も醜もねえ。ただ咲いているだけだ」
何気なく言った言葉のどこにひっかかったのか分からないが、月詠は土方のその言葉に黙り込んだ。

他の女と比べられたのだろうか。あのバカに。
デリカシーのないあの男のことだ。どうせ碌なことは言ってないはずだ。
だとしたら、あの男こそ愚かである。

「アンタさ。も、やめねえ?」
「何を、じゃ?」
「万事屋のバカ」
他人事だと分かっていても言わずにはいられなかった。
何のことだか分かったのだろう。月詠はゲフッと煙にむせて、真っ赤な顔で咳き込みだした。

「おいおい。大丈夫か」
「な、何のことじゃ?!」
「いや、見てりゃ分かるし」

うっと小さく呻いて月詠が絶句するのを土方は面白げに見守っていた。

「比べられてまであの馬鹿を想うことねえと思うぜ?」
「違うぞ」
「何が?」
「比べたのはあの男ではない」
「じゃあ誰さ?」
「わっち自身じゃ」
わっち自身が他の女子と自分を比べたと月詠は言い添えた。
目を反らして投げ出されたその返答に今度は土方が息をつく番だった。
わっちは、このように能面面じゃし、愛想もないからなと続けた自嘲の言葉とともに小さなため息が夜の空気に散っていく。

「だから愚かだと言いんした」
「そりゃ、愚かじゃねえよ」
「愚かじゃ」
「違うね。あの阿呆が言ったなら愚かだけど、比べたのがアンタ自身なら、それは哀しいこと、になっちまう」
「比べるのは哀しいこと、か」
「だと思うけどな。俺は」
そうか、と言って月詠は目を伏せた。
「比べるとな…怖くなるんじゃよ。笑うことが」
「ああ」
「確かに哀しいことかもしれん」

並んでぼんやり見上げた月は笑っているような上弦の月。
「弦月は弦月として愛でるもんだ。翳った部分に拘る奴なんていねえさ」
「上手いことを言う」
ころりと零れるように月詠が笑った。
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