銀月短編2

□目が耳が鼻が舌が
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「お姉ちゃん、お怪我したの?痛い?」
小さな柔らかな手の平が自分の頬に伸ばされた。

地上にやってくるなり、揉め事に巻き込まれた。
子連れのまだ若い女が酔漢に絡まれているのに割って入り、瑞々しいその若女房ぶりに助平心を擽られたと見える男を手刀一発で昏倒させると、遠巻きにしていた野次馬どもから歓声が沸いた。
幼い娘を抱きかかえたまま、しきりに頭を下げる女に「大したことはしていない」と答え、その場を立ち去ろうとしたその時に、女の腕に抱きかかえられていた幼女の手が月詠の顔に伸ばされてきた。
「お姉ちゃん、お怪我したの?痛い?」
小さな柔らかな紅葉の手の平が自分の頬の傷に伸ばされてきた。
え?と驚く月詠をよそに幼女の涙を溜めた目は気遣わしげに自分を見つめている。
「こら」と娘を低く叱責する母の声が月詠の耳に届いて、我に返った。
さっきの立ち回りで自分が怪我をしたのかと心配する娘と失礼なことをと慌てる母との間で月詠は内心、苦笑する。
日頃の無表情を忘れて、ここは笑いかけるところだろう。
「痛くなどありんせんよ」
そう言って月詠はにっこりとその娘に微笑みかけた。
伸ばされた腕の細さや小さな柔らかな紅葉のような手の方に意識がいって、思っていたより上手く笑えたと思う。
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