銀月短編2

□夜鴉鳴いた
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「入るぞ」
気配を殺しているとは言え、気付かないような女ではないことは、承知しているが、念のため声を抑え一声断りを入れると、銀時は襖を開けた。
仕度の早い女は既に夜着に着替え、髪を下ろして、部屋の隅の鏡台の前にいた。
自分の姿を見て、僅かに眉を上げる。
「泊まっていたのか」
「雨が降ってきたからな。帰るのがメンドーになった」
行灯のほのかな灯りは影を濃くして、女の顔立ちの美しさを更に際立たせている。
近付いて下ろした髪に触れると、その髪はしっとりと湿り気を帯び、外の雨の名残を手に伝えてきた。
傘なんぞさしてたら、仕事にならない商売だ。
ずっと、雨に濡れていたのだろう。
「乾かしてから寝ろよ。風邪ひくぞ」
「もう夜中じゃ。日輪や晴太を起こしてしまう」
素っ気無く言う月詠の手に触れると酷く冷たい。
「オメーなあ、滅茶苦茶冷えてるじゃねえか」
反射的にその冷え切った白い手を自分の手でさすりだした銀時に、月詠は目を細めて心地よさ気な顔を見せた。
まるで猫のようだ。
今にも咽をゴロゴロ鳴らしそうな顔が嬉しくて、銀時はしばらくその手をさすり続けた。
珍しくも甘えたい気分なのか、反対の手を出してきて「こっちも」との催促まで付いてきた。
「女の子が身体、冷やしちゃいけません」
「ぬしは時々、どこのオバちゃんかと思うような分別臭いことを言うのう」
低く交わす密やかな会話が、銀時の波立った気持ちを鎮めていく。
「ありがとう。もうよい。暖まった」
「ん」
月詠の手を離し、敷かれた布団の中にもそもそと潜り込む銀時の姿に月詠が眉を上げた。
「おい、コラ、天パ。何で当然のようにわっちの布団に潜り込む」
「固てェこと言うなよ」
「今日は神楽や新八も泊まっておるのじゃろ?」
「んな事、言ってると、世の中から弟やら妹ってのが、いなくなっちまわあ」
「朝には戻りなんしよ?」
「分かってる」
するりと隣に滑り込んできた月詠の脚が自分の脚に触れた。
脚もひどく冷えている。
すりすりと脚をすり合わせてやると、月詠はくすぐった気な顔をして、ふふふと笑った。
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