銀月短編2

□零れ水
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青天の霹靂とはまさにこのことか。
晴れ渡っていた筈の青空に轟いたにわかの雷鳴。
月詠は目の前の男の言葉に日頃の数少ない表情レパートリーにない間抜け面をさらしていた。
怒ったような困ったような微妙な顔をしている男に、何か言わねばと焦るほど、口の中はカラカラで、頭の中はぐちゃぐちゃで、目玉はグルグルして、凍りついたように唇から言葉が生まれることはなかった。
そして、パニックに陥った月詠の取った行動は、一目散に脱兎の如く、そこから逃げ出すことだった。
「おい、コルァ!逃げんな!!」
男の怒号が背後から聞こえてきたが、構ってはいられなかった。
構うだけの心の余裕がない。
振り返ることなく全力で走った。
幸いにも男が追ってくる気配はなかった。
追ってきて欲しかったのか、追わないでほしかったのかを考えている余裕もないままに月詠は、地下に降りるエレベータに飛び乗った。
扉が閉まるなり、月詠は壁にもたれると、へなへなとその場に崩れるように座り込んだ。
今、襲撃を受ければ、ひとたまりもないだろう。
月詠は自嘲の笑いを漏らした。
死神太夫ともあろうものが、何と言う醜態を。
それでも、腰は上がらなかった。
足に力が入らない。
嘘だろう。何かの悪い冗談だ。
そう思い込もうとするが、月詠の知っている男の姿がそれを全力で否定する。
確かにチャランポランでふざけたことばかり抜かしている男だが、これほど、性質の悪い冗談を言う男ではない。まして、嘘など。
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