07/09の日記

04:24
紺青番外
---------------
突発的に思いついた紺青番外編です。
紺青界で生きる一般人視点のお話。
今回はカルテットともその周辺の関係者とも関わりのない超モブの話です。
思いついたらまた別のモブの話も書きたい。
考えてみればなろうで屋台街の話書いてたときもだったけど、モブ視点とっても楽しいですね。ほぼ書いてる私だけが楽しいのかもしれないけど私だけじゃないことを祈りつつ。




*****




郵便屋さんの淡い初恋




「こんにちは、お手紙です」

人当たりのいい笑顔を見せ、元気な挨拶とともに手紙を配り歩く彼は、この街の郵便屋さん。
去年郵便屋さんになったばかりの15歳だ。
真面目で優秀な彼の頭の中には仕事のことばかりが詰まっていた。
これといった趣味があるわけでもなく、恋をするわけでもなく、ただただ仕事に一直線だった。
だけど、ある日突然彼の心に一つの音がするりと流れ込んできた。


「んー……ふふーん……」

「なんだ? 独り言か?」

「え、あぁ、いやその、歌で」

無意識のうちに、頭の中を流れ続けている音が鼻歌となって流れ出ていた。
うっかりしていた、とばかりに目を見開き、口を手で押さえていると、彼の上司に当たる男はクスクスと笑う。

「お前さんが仕事中に声を出すなんて、珍しいなと思っただけさ」

「いや、あの、あはは……」

「しかし、なんだ? 歌?」

上司には聞き覚えのない音楽だったようで、訝しげな顔をしながら首を傾げている。

「それが、最近どこからともなく聞こえてくるんですよ。配達中なので詳しい事はわからないんですが」

彼は上司に、我が身に起きた出来事をざっくりと説明する事にした。
配達中、どこかのお屋敷から音楽が聞こえてくること、その音楽と共に綺麗な声が聞こえてくること、その音楽が自分の頭の中から抜けていかないことなどを。

「屋敷から聞こえる音楽、ねぇ」

「はい。通りがかりのおばさんが「綺麗な歌声ねぇ」と言っていたのを聞いて初めてあれが歌なんだと認識したんですけど」

「俺達庶民は歌なんか聞く機会ないもんな。なんだ? じゃあどっかの屋敷に吟遊詩人かなんかが居るのか?」

「いやいや、そういうのじゃないんです。えーと、そのー……俺も詳しくないんでどう説明したらいいか……」

頭に浮かんでいる歌をそのまま表現出来ればいいのだが、あれはそんなに簡単ではなかったのだ、と彼は頭を抱える。

「そう言われると気になるな。配達中に聞こえたってことは、その屋敷の近くに行けば聞けるのか?」

「はい。毎日ではないんですけど」

「音楽が聞こえる屋敷っていうと……あぁ、そういえばトーン子爵家では貴族集めて音楽聴いてるとか、そんな話を聞いたことがあるな」

「あぁ、確かあれが聞こえるのもトーン子爵家の側です。でも貴族が集まって聞いている音楽は外からだと聞こえないはずなんですがね?」

彼も彼の上司も揃えたように首を傾げたところで我に返り、自分の仕事にもどるのだった。

それから数日が経ったある日のこと。
彼が郵便物を配り歩いていると、あの歌が聞こえてきた。
やはり綺麗な音楽と、綺麗な声だった。
仕事に集中しなければと思う一方で、彼の足は徐々に速度を落とし、ついには止まってしまう。

「女の子、ってことくらいしかわからないなあ……」

ぽつりと零した言葉は誰にも拾われずに消えていった。
音楽にあまり触れずに生きてきた彼にとって、こうして聞こえてくる音がどんなものから出されているのかも分からない。歌っているのは女の子だろうということしか分からない。
ただ一度聞くと心の奥に深く染み込んできて、心地よい気分になる。
いつしか今までろくに趣味もなかった彼の趣味が音楽鑑賞になった。
彼女の歌が聴けることが、彼の一番の楽しみになったのだ。
今はただの盗み聞きでしかないが、いつかはきちんと聞いてみたい。素敵な音楽をありがとう、とお礼が言いたい。そう思うようになっていた。
だがしかし。
どこからか聞こえてくる彼女の歌を日々の楽しみにし始めて数ヶ月が経ったころ、上司がとんでもない噂話を持ってきた。

「そういえばお前さんが言ってた歌? あれはやっぱりトーン子爵家から聞こえてるらしいぞ」

「あぁ、やっぱりそうだったんですね」

「なんでもトーン子爵はついに天使を買ったらしい」

上司が何を言っているのか、彼には理解が出来なかった。

「て、天使……?」

頭をフル回転させても追いついてこなかった思考をどうにか追いつかせようと、上司の言葉を反芻するが、自分の口から発した言葉もなにやら意味が分からない。

「貴族相手にあれこれ副業に励んでるトーン子爵はその金で天から天使を買ったんだと。今聞こえてるのは天使の歌声なんだってよ」

「天使……」

もう一度その言葉を紡いでみると、なんとなく納得できた気になった。
彼女が天使だから、音楽になどまるで興味のなかった自分も魅了されたのかもしれない、と。

「それでな、天使は外に出られないそうだ。外の空気を吸うと声が出なくなるんだと」

「……ということは?」

「子爵家の屋敷に入る機会なんかない俺達庶民が天使を見ることは出来ない」

上司のその言葉に彼はそこはかとない絶望を感じた。
いつもいつも楽しみをくれていた彼女に、直接お礼が言える日は訪れないのだ、と気付いてしまったから。

「お、おい、なに泣きそうになってるんだ」

「僕、あの歌声を聞きながら思ってたんです、日々の楽しみをありがとうって直接言いたいな、って」

それが叶わないことなのかと思うとつい、そう呟く彼の背を、上司はばしばしと叩く。

「お前さんの職業はなんだ?」

「あ、いや、仕事はサボりません」

「そうじゃない。お前さんは郵便屋だろう。お前さんの一番身近なもので伝えられるだろうよ」

そう、手紙を書けばいいのだ。

「そうか! あ、でも宛名が……」

「天使へ、で伝わるんじゃないか?」

もし伝わらなかったとしても、何もしないよりはマシだと思った彼はペンを手に取った。
そして書きあがった手紙に、自分で驚くことになる。何故なら想定していたよりも、沢山の便箋を使ってしまっていたのだ。
手紙には、ほんの少しの自己紹介と、歌声の感想と音楽に興味を持たせてくれた感謝と、天使を好きな気持ちを綴った。
文章が長くなりすぎて気味悪がられたらどうしようと思ったが、どうにも止まらなかったのだ。
しかし気味悪がられたらと躊躇したのも束の間で、すぐに開き直る。
どうせ自分が天使と直接会うことなど無いのだから、と。

翌日、彼は思っていたよりも少し分厚くなってしまった封筒を懐に忍ばせて配達に出かけた。
浮き足立ちそうになる気持ちを押さえつけながらトーン子爵家を目指す。……いや、配達先を目指す。
丁度トーン子爵宛の郵便物もあることだし、ついでとばかりに置いてくればいいのだ。仕事をサボって天使に手紙を渡そうとしているわけではない。と、誰も聞いていない言い訳を心の中で零す。
そうこうしているうちに、次の角を曲がればトーン子爵家が見えてくるところまで来ていた。
天使の歌声が聞こえはじめる場所なのだが、どうやら今日は歌っていないらしい。
少し残念に思いながら子爵家に近付くと、そこには背の低い使用人の女の子が居た。玄関前の掃除をしているようだ。

「こんにちは、郵便です」

人当たりのいいいつもの営業スマイルを浮かべると、使用人の女の子も似たような営業スマイルを浮かべる。

「どうも」

「あ、あと、それと、これを天使に……渡してもらえますか?」

彼はそう言って懐から封筒を取り出す。
彼から封筒を受け取った使用人の女の子はそれをじっと見詰めながら、「天使……」と小さく呟いた。

「このお屋敷で歌を歌っている、天使が居るんですよね……?」

彼が問いかけると、女の子はじわりと首を傾げながら口を開く。

「……なんか、居ますね、多分。天使」

なんともはっきりしない口ぶりだが、否定はしないので、ここに居ることは確かなのだろう。彼が少しだけ安心していると、女の子が封筒の裏を見る。
そこに書かれているであろう文字を探しているようだ。
しかし残念ながら本来ならそこに書かれているはずの差出人の名が見当たらない。

「差出人は?」

「あ、書くの忘れてた、あの、僕です」

「郵便屋さんからですね。渡しておきます」

「本当ですか! ありがとうございます!」

彼のあまりの勢いに、女の子は目をぱちぱちと瞬かせながら仰け反った。

「あ、すみません、もしかしたら届かないかもしれないと思っていまして」

「まぁ……渡した相手次第じゃ届いてないかもしれませんが、ちゃんと届けますよ」

「良かった、良かった……僕、天使の歌声が聞けるのが楽しみで楽しみで、その感謝がどうしても伝えたかったんです」

心底安心した彼は、いつもの営業スマイルではない心からの笑顔を零した。
一度は伝えられないと思った感謝の言葉も、これできっと届くのだ、そう思うと頬が緩むのも我慢出来なかった。
ふと我に返った次の瞬間、目の前に居た女の子も営業スマイルではない笑顔を零していた気がしたが、彼女の顔はすぐに元に戻ってしまった。

「それじゃあ、よろしくお願いします」

「はぁい」

天使の歌声をきちんと聞くことは叶わないだろう。しかし天使に感謝の気持ちを伝えることが出来たのだ、彼は清々しいような気持ちを湛え少しだけ頬を赤らめながら軽やかに駆けるように配達業務へと戻っていった。
もしかしたら、これが彼にとっての初恋だったのかもしれない。
声しか聞こえない、姿も見えない相手だけど、自分以外の人のことをこんなにも考えたのはこれが初めてだったのだから。



「あ、郵便屋さん」

天使に手紙を出した数日後のこと。
今日は天使の歌声が聞こえない、そう思いながら歩いていると、天使に手紙を届けてくれた背の低い使用人の女の子に呼び止められた。

「こんにちは、先日はどうも!」

「いえいえ。これ、天使からお返事です」

「へ!? お、え、返事!?」

まさか返事が来るとは思って居なかった彼は、文字通り飛び上がるように驚いている。

「嬉しかったみたいですよ、お手紙。だから返事を出したいって。でも皆には内緒にしておいてくださいね」

手紙を書けば返事がくるという噂が広がって、万が一沢山手紙が来てしまってはいけないから、と使用人の女の子は笑う。

「わかりました、あの、ありがとうございます!」

彼は深く深く頭を下げてその場を後にした。早く返事が読みたいのだろう。
スキップでもし始めそうな彼の背中を見ながら、使用人の女の子はさらに笑うのだった。



「キキョウ様? 何をしているのですか?」

「郵便屋さんが居たんで手紙渡してただけですよ」




 



☆コメント☆
[総] 07-14 08:42 削除
こんにちはー!前回のをうっかり見逃しててコメントできなかったのが悔しい……!
今回紺青界のモブということで!モブ大好きな私は狂喜乱舞です!!嬉しい!Twitterでも仰られててソワソワしてました笑
郵便屋さんと梗子さんのやり取り好きです。あくまで自分は天使じゃない風を装う梗子さんも可愛い!お手紙帰ってきた時の郵便屋さんもかわいい!!もし天使が梗子さんってバレたらどうなるんだろうなぁってちょっと思いました。ほかのモブのお話も楽しみです!

前へ|次へ

コメントを書く
日記を書き直す
この日記を削除

[戻る]



©フォレストページ