present
□おめでとう、が言いたくて
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絳攸さんは、ずっと僕のものだと思っていた。
……あ、いや。そういう独占欲的な意味ではなくて、鉄壁の理性とか言われているし、周りに女性の影はなく。それなのに男女ともに慕われているという素敵な先輩。
それに憧れ、そしてついていきたいと思った。そして、仕事のお手伝いをしていくたびに、あの人は僕を認めてくれて、褒めてくれる。
とても嬉しかったんだ。ますます僕はついていきたいと思った。いつの間にか、仕事仲間としては僕が一番と言えるほどの信頼を得ることができた。
だから、ずっとずっと、貴方のそばにひかえるのは僕だけだと思っていたのに。いたのに。
「やぁ、君が珀明くんかい?」
ある日、絳攸さんはひとりの男を連れて部屋にやってきた。複雑そうな顔をしていた絳攸さんは、こちらと視線があうと少しだけ口元を緩める。ああ、素敵です絳攸さん。
「おーい、珀明くん?生きてる?」
「はっ、はい!」
声が聞こえてはっと現実に引き戻された僕は、改めて目の前の男の存在を認めた。
「ははっ、元気のいいこだ。絳攸の言うとおり」
「あの、貴方は…」
「私は藍楸瑛。ふふ、絳攸の…なんだと思う?」
その言い方に嫌な予感を覚える。すがるような目で絳攸さんをみると、少しだけ視線を彷徨わせながらこちらに歩いてきた。二人して僕の机の前に並ぶ。
「あっ、す、座ってください」
移動してソファーをすすめようとするが、おかまいなく。と藍さんに止められてしまった。中途半端に腰を浮かせたままの僕に、絳攸さんはふっと笑いかける。
「まず最初にお前に報告したかったんだ、珀明!」
「えっ?どうしたんですか?」
「そのっ………そのだな、あー…つまり俺とこいつ、楸瑛は…」
「恋仲に、なったんだよね?」
楸瑛は、のあと口をつぐんでしまった絳攸さんの言葉を引き継いで藍さんが答えた。
その言葉が頭でリフレインする。何を言ってるのか最初は理解できなかった。いや、理解したくなかった、というのもある。
「恋仲に、なったんだ。同性ということで反感があるかもしれないが…その、珀明、お前にだけは知っていてほしかった」
その言葉がじわじわと脳に染み込んできて、ズキズキと痛み出す。
うそだ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
絳攸さんは、仕事が恋人かなっていってた。そう言って、明るく笑ったんだ。僕はあの顔と言葉をまだ覚えてる。記憶にあたらしい。なのに、どうして…。
「お前なら、応援してくれると思って。それと、大切なお前だから、話しておきたかった」
「あの、…」
言いたいことはいくつもあった。今日は四月馬鹿の日じゃないですよ。楸瑛さんとはどこで知り合ったんですか。そもそも、どうしてそういう関係になったんですか。
まだまだある。疑問はつきないし、できることなら嘘だって行って欲しい。けれど、心の中では喜んであげたいという気持ちもあった。
相反する二つの気持ちがぶつかって、何とも言えない気持ちになる。アンヴィヴァレンツもいいところだな。
けれど、目の前の絳攸さんの、はにかむような笑顔を見ただけでそれらはすんなりと心の奥になりを潜めた。そして、
「……おめでとうございます。お仕事に影響の出ない程度でお願いしますよ?」
それだけの言葉が出てきてくれた。ぱぁっ、とこれ以上ないくらいの笑みで、ありがとう!と絳攸は言う。
「仕事については心配するな!ふふ、楸瑛もしっかりとパシってくれる!」
「ええっ、俺も被害者なのかい?」
「……一緒にいたいと思うのは、ダメか?」
「知ってる。ちょっと意地悪したかっただけだよ」
ああもう、爆発してしまえばいいのに。(藍さんだけ)
…素直な気持ちで、二人を祝福したい。
未だに恥ずかしい言葉を言い合っている(一方的に藍さんが言ってる)二人を見ながら、少しずつまた顔を出してきた暗闇の部分を心の隅に押しやった。