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□にゃんにゃん青赤
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「おい、赤司。あんまこたつ入ってっと具合悪くなんぞ」
「うるさい、僕に指図するなガングロ」
赤司はこたつに入ったまま移動しようとしない。耳はぴんとたって、反対側のこたつ布団が少し揺れた。多分俺にムカついて尻尾を振ったんだろう。見た目以外、まるで可愛いげのないやつだ。俺が首の辺りを撫でてやろうとしたら、容赦なく噛みつこうとしやがるから、慌てて手を引いた。もうちょい優しくしてくれてもいいじゃねえか。

赤司と会ったのは本当に偶然だったと思う。ある日、家の前に傷だらけの猫が倒れてた。雨で汚れた身体と、二つに別れた尻尾。明らかに弱っていたから、すぐに拾い上げ、知り合いの獣医につれてった。
しばらくしてから、大事なかったのだよと、そいつが所々包帯のついた猫を抱えてきたときは、情けないが涙目になるぐらい安心した。自分が拾い上げた命が、手のひらを溢れ落ちずに、残ってくれた。案外綺麗な毛並みじゃねえかと、腹の辺りの毛を撫でる。とくとくと微かに指を押す鼓動を、自分が救ったのかと思うと、案外悪い気もしない。
また外に放すのも何だし、うちのマンションペット可だからと、深く考えもせずに飼うことを決意。もちろん獣医にも幼馴染みにも無理だと言われたが、やっぱり自分で何とかしたくて、結局押し通した。思えばあれが、間違いの始まりだったと思う。
その次の日、寝たまんまの猫を座布団に置いて大学に行った。本当ならサークルの試合に出るつもりだったが、猫が気がかりですぐに帰った。そういや名前をつけなきゃなとか、餌はどうしようかとか、帰り道にあれこれ考えるのも悪くなかった。
家ノ前について、もう起きてっかな、と少しうずうずしながら、扉を開けた。
「……遅い、餌を寄越せ」
「……」
俺は静かに扉を閉めた。そして、これは夢だと思い切り頬をつねった。想像以上に痛かった。次に自分の目を疑った。あれ?高校時代は両目2.0以上あったはずなんだけどな、何だこれ、3年でこんなに視力が落ちたのかよ俺。
深呼吸する、頬を叩く。何が出ても驚くなよ俺、ボクシングのように一瞬で蹴散らせ。驚いては敗けだ。あくまでクールにいくんだ、おらあのどっかの龍も言ってただろ。
うし、行くぜかかってこいよ。今度は勢いよく扉を開けた。
「……僕を無視したよな、いい度胸だな貴様」
「お、おふ……」
俺の目の前には、鋏を構えた猫耳の男が立っていた。

「何者なんだよお前は」
俺はビールの栓を明けながら目の前の赤髪を睨んだ。男はしれっとした様子でミネラルウォーターをボトルで飲んでいる。前に同級生の黄瀬が置いてったクリスタルカイザーだ。てか、どこにあったっけそれ。
「僕は貴様が昨日拾った猫だよ」
男は俺を睨むように見ている。オッドアイの上に瞳孔のかっ開いた目は、正直怖い、超怖い。身長はずっと小さいはずなのに、威圧感が半端ない。というか、こいつは何を言ってんだ?こいつがあの猫?耳と尻尾が余分についてはいるが、どう見ても人間の男だ。ゆらゆら揺れる尻尾、どんな仕組みで動かしてんだろ。
「お前が猫とかどんな冗談だよ」
「冗談じゃないから仕方ないだろう」
男は分かりやすくため息をついた。あ、こいつ今物分かり悪い馬鹿だと思ってやがる。侮んなっての、いや馬鹿だけど。
「なら見せてやる」
男は、近くにあった白いリボンを手に取った。よく見れば、小さな鈴が真ん中にくくりつけてある。男はそのままそれを尻尾にかけ、蝶々結びにした。
「え、」
するとどうだ、さっきまであった男の姿が見えなくなった。キョロキョロと辺りを見回すがやはり見えない。いつの間に逃げたんだ?
「……んなーん」
「え、あっ」
気だるげな鳴き声が聞こえ足元を見る。膝の上に爪を立てる昨日の猫がいた。思わず抱え上げる。尻尾には白いリボンと鈴。まさか、と思いつつも、尻尾のリボンをほどく。
「……まじかよ」
「手を離せ」
俺の横に、男が正座していた。すぐに俺の手からリボンを盗みとると、ふいっと猫のように離れてしまった。
「これで信じたか?」
馬鹿には説明より分かりやすかったろ、と顔にありありと書いてある。実際、口で説明されるより非常に楽だった。俺は思わずガシガシと頭をかき、ため息をついた。
「なんなんだお前、魔法使いーってか?」
男はテーブルの反対側から俺の膝を蹴り、ふん、と肘をついた。本当に猫みたいなやつだな、とオッドアイのつり目を眺める。
「僕は猫又の息子だ、貴様のようなやつに、猫の姿で見つかったのは失態だな」
「……は?」
ねこ、また?俺はすぐにGoogle検索にねこまた、と打ち込み内容を見た。成る程、分かった、さっぱりわからないことが。
男はこいつ筋金入りの馬鹿か、と言いたげなようすで俺を睨んでいた。
「猫又って言うのはな、長く生きたり、恨みを持ったり、何か大きな衝動に駈られた猫が力を持つことだ」
「力?」
「一般的に人間になれるようになることが多い」
そして男は、手に持ったリボンをひらひらと揺らした。何だか、猫じゃらしに見えなくもない。
「普通の猫又なら自分の意思で人間に変われるが、僕はそうはいかない。猫又と人間のハーフだから、血を半分しか継いでないんだ。親が、リボンを着けたら変化、と子供の僕に暗示をかけた影響で変わることができる」
男はリボンをぎゅっ、と握り、手を開いた。ひらりとリボンは机に落ち、りん、と鈴がなる。懐かしむようにも、寂しげにも見えた。
「お前の親は?猫又ならまだ生きてんのか?」
この質問に深い意味はないつもりだった。しかし、男が静かに目を閉じるのを見て、これはいけないことをしたと少し後悔する。
「死んだよ、二人とも。父親は僕が物心つく前に、飛行機事故で死んだ。母親は車に引かれた、猫の姿でな。情けないし、腹立たしいよ。ほとんど、一人で生きてきたよ」
こんな僕を置いて、男は今にも何かを殺しそうだった。親への恨みが膜を作り、気づけば大きな壁になっている。他人を寄せ付けない強い憎しみだ。
きっとこいつは、今まで何度も辛い目に会っている。人間から見たら異様なやつだし、もしかしたら猫からもそうかもしれない。ずっと一人で、周りからの危害に怯えながら、生きてきたんだろう。
「……お前、寂しいのかよ」
俺は意を決して男に手を伸ばした。叩き落とされるだろう、こいつに手は届かないだろうと思った。こいつと俺の間に、越えては行けない何かがある、それをこいつが作ってる気がした。
しかし、それはなかった。男はほんのすこし前に出て、俺の手を頭に受け入れた。ふさふさとした毛、猫の癖っ毛。男は静かに俺の手を取り、下ろした。
「貴様は酷く馬鹿だ、でもそれが優しさなんだろ?あの日、傷だらけの僕を抱えてくれたのもお前だから、あのぬくもりは、嘘じゃなかったんだな?」
男は、俺の手に頬を寄せて、確認するように呟いた。何だこれ、でも蔑ろにしてはいけない。俺はもう片手で男の耳を触る、ふさふさだ。
「なあ、おい」
俺は男の頬を包むように手を添えた。むに、と柔らかい。男の童顔と、じっと向かい合う。
「このまま、一緒に住んでみっか」
「……はあ?」
男は訝しげに俺を見ながら、ぱしりと手を払った。そんなのお断り、と一蹴してきたいつぞやの女の姿と重なる。
「僕のこと気持ち悪いだろ?」
「まあ個性だろ」
「まだ会ってすぐだぞ」
「まあ昨日だからな、関係ねえだろ」
「僕は働けないぞ?貴様だけの費用持ちになるぞ?」
「まあ、元から猫飼うつもりだったし」
男は口をつぐんだ。
「……君といたら、人間に想いを寄せた母親の気持ちが、少しはわかるかな」
「は、お前ホモかよ」
すぐに男から拳が飛んできた。片手でなだめながら苦笑いする。口は災いのモトだな。
「恋愛とか、そういう意味じゃない。ただ、人間のことが少しはわかるかなと思っただけだ」
男は悔しげに頬を膨らませ、そっと俺から手を離した。俺もすぐに頷き、今度は歯を出して笑う。奇妙な同居生活の始まりだ。男の名は、赤司征十郎と言った。

赤司と暮らし始めて現在半年が経った。こいつは想像していたよりもずっと我儘だし、俺様何様赤司様。自由気ままで目も当てられない。けど、
「ん、蜜柑ちょうだい」
くりくりとした綺麗な瞳、小さな子猫と重なる童顔、頭の上の耳はぺたりとなりを潜め、さらに尻尾は物欲しげにゆらゆらと揺れる。これで無下に扱えるやつがあろうか、いや多分いない。
「……おらよ」
「っ、ありがとう大輝」
そして嬉しそうにこの笑顔である。こんななら俺が甘やかしたくなるのも分かるだろ。最初の驚きはどこへやら、このかわいさをどうしようか、どうしようもないだろ。しかもこれ、天然物だぜ?
俺はホモなんだろうか、と最近悩みがちになっている。いや、違うそうじゃない。きっと俺が元から猫派なせいなんだ。
この胸の高鳴りも、恋なんて浮き足立つもののはずがない。

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