中編・シリーズ book

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「……明日はできなくなっちまったけど、ライブは必ずやるから。その時は聴いてほしい」


『うん、楽しみにしてる!』





私は笑って答えたけど、蘭丸くんはどこか複雑な表情をしていた。なんだかんだ言って、やっぱり悔しいのだろう。蘭丸くんにとってのライブはそれほど大切なものだってわかるから、だから私もやっぱり、悔しくて。



キーボード……弾ける人いないのかな。


そんな考えが頭をよぎった時だった。






「お困りのようだな、黒崎」


「は?」


『え?』






声が聞こえた。低くて氷のような……声。

この声の主を、私は知っていた。というかこんな独特な声の持ち主、私は一人しか知らなくて。



蘭丸くんと二人して素っ頓狂な声を上げながらその声のした方を振り返れば、教室の入り口。そこで優雅に立っていらっしゃったのは、紛れもなくカミュくんで。今日はイチゴミルク持っていなかった。……って、そうじゃなくて。


え、カミュ……くん、?


……………………。





『って、うわあああ!!!!?』


「かっ、カミュ!?てめぇいつからそこに、っ」





カミュくんの存在を知り、慌てて離れて距離をとる私たち。み、見られた……よりにもよってカミュくんに見られるなんて!というか相変わらず気配ないなこの人!!

しかし明らかに動揺している私たちを余所に、カミュくんはいつも通り淡々とした口調で「たった今来たのだ。逐一騒ぐなこの愚民ども」と言い放ち、そして涼しい顔でこちらへ歩み寄ってきた。





「普段ならば貴様の不幸など知ったことではないが、明日のライブはどうしても行いたいのであろう?」


「…………ああ、それがどうし」


「ならば、この俺が手伝ってやろうではないか」


「!!!」


『え…………?』





信じ難いカミュくんのその唐突すぎる言葉に、思わず目をむく蘭丸くん。私も驚きが隠せず、ついカミュくんの顔を凝視してしまう。

手伝うって、ライブを?前にカミュくんはチェロ奏者だって聞いたことがあったけど、もしかして、キーボードもできるのかな。だとすれば、こんな申し出はすごく嬉しいことだ。だけど…………





「聞けば、キーボード担当の女が辞退したらしいではないか。そのキーボードを、代わりに俺が弾いてやると言っているのだ」


『で、でも、ライブは明日だよ!?』


「……今から音合わせて練習するって言ったって遅すぎるだろうが。いくら明日やりたいっつっても、俺は中途半端に臨む気はねぇ」





どうやら蘭丸くんは反対みたいだ。相手がカミュくんだから、という理由は、おそらく違うと思う。この間、蘭丸くんは言っていた。カミュの音楽的センスだけは認めてやる、と。あの日常茶飯事のごとく彼と喧嘩している蘭丸くんが言ったのだ。カミュくんは、それだけの腕を持っているということで。それを蘭丸くんは、確かに認めていた。

けれどいくら音楽性に長けているカミュくんでも、初見の曲を、しかも明日までに完璧に弾きこなすことなんてできるわけがない。それもライブだから、一曲だけではないはずだ。蘭丸くんも妥協を許さない完璧主義者だし、半端な演奏はするんじゃねぇと、そう言っているんだと思った。彼の言葉の重さが、ひしひしと伝わってくる。


しかし、蘭丸くんの言葉を聞いてもなお、カミュくんの表情はそのままで。それどころか、彼はふんと鼻を鳴らし、得意げに微笑を浮かべていた。





「……貴様ら、俺を誰だと思っているのだ。この俺の中に不可能という言葉はない。言っておくが、先ほど貴様のバンドの輩に聴かせたところ、奴らは俺が参加することに満場一致で賛同していたが?」


「は……? 聴かせた、?」


「ああ、聴かせたのだ。あの程度の数の曲ならば、一度楽譜を見れば十分だからな」


『う、うそ……』





いくらカミュくんでもできるわけがない。そう思っていたことを、彼はできてしまったらしい。いや、前々からただならぬ人だとはわかっていたけど、が、楽譜をたった一回見ただけで覚えられるなんて……もはや人間なのだろうか、と疑ってしまうのは私だけではない。はず。

しかし今は、そんなことを考えている場合ではない。


カミュくんがキーボードを弾けるというなら、明日のライブ、は…………





「だが、無論俺が貴様に、何の見返りもなしに手を貸してやるとは思っていないだろうな?」


「……借りをつくるのは嫌だからな、最初からそのつもりだ。今回だけは、てめぇに協力してもらう。……で、一体何すりゃあ気が済むんだ」


「……ふむ、そうだな。今日のところはイチゴミルク1ヶ月分で手を打ってやらんこともないぞ」





そう言ってカミュくんが胸を張る。本当にカミュくんはイチゴミルク大好きだなぁ……と思わず苦笑してしまう。蘭丸くんも彼の発言に顔を歪めていたが、舌打ちを一回してから渋々了承した。

これで、二人の仲が良好になってくれればいいんだけどな。





「……さて、そうと決まれば練習せねばなるまい。俺と貴様の息が合うとは到底思えんからな。本番で足を引っ張られても困る」


「あぁ? それはコッチの台詞だクソ伯爵。俺のロックも知らねぇ奴が大口叩いてんじゃねーよ!」


「ほう、これから助けてもらおうという救世主にたてつくつもりか?これだから愚民は」


『ああああの二人とも!お、落ち着いてください!!』





うわあああ仲良くなったらいいなぁとか思ったそばからこれか!!

私が急いで止めに入ると、蘭丸くんとカミュくんはあっさりと身を引いた。……っておお、これはこれでなんかびっくりだ。蘭丸くんはふいっと顔を逸らし、カミュくんは背を向けて教室を出ていこうとする。それを確認した私は、慌ててカミュくんの名前を呼んだ。するとその場で立ち止まり、訝しげに顔をこちらに向けるカミュくん。私はそんな彼にぺこりと頭を下げた。





『ありがとう! そ、その、カミュくんにはいろいろとお世話になったから……。あ、あと、私もイチゴミルク奢らせてください!』


「…………ふん。つくづく、貴様は変な女だな」





しかし返ってきたのは相変わらず皮肉のような言葉で。

でも、彼がいつもみたいに怒っているようには感じられなくて、私はゆっくりと顔を上げた。こちらを向くカミュくんは、小さく笑っていて。そしてその彼の唇が、微かに動いた。





『…………!』





───よかったな、名無しの。


声は聞こえない。けれどカミュくんは、確かにそう言っていて。

そのまま何事もなかったようにスタスタと教室を出ていく彼に、心の中でもう一度ありがとうと呟いた。





「…………何ぼーっとしてんだよ、」


『わ、っ』





遠のいていくカミュくんの背中を眺めていたらいきなり腕を引っ張られて。そして私はあっという間に蘭丸くんの腕の中へ収まっていた。





『あ、わ、らっ蘭丸くん、!?』


「……ったく、カミュばっか見てんじゃねーよ」


『あ、違っ、こ、これはその嬉しくて……!いよいよ明日、蘭丸くんの歌が聴けるんだなぁ、って』


「……ま、今日ばかりはカミュに感謝しねぇとな」





ふっ、と私の髪を撫でながら蘭丸くんが笑う。蘭丸くんも、とても嬉しそうだ。その笑顔が見れるだけで、私はもっと嬉しくなるし、幸せになれる。


蘭丸くんが、好き。大好き。

気持ちっていうのは、溢れたら止まらなくて。でも簡単には言葉にできないから、私は蘭丸くんの背中に腕をまわす。これが今の私の精一杯。






「明日は、お前のために歌う」


『っ、』


「だから……聴いてほしい。これからもずっと、お前だけに聴いてほしいんだ、名無し」


『……うん、っ』


「ずっと、傍にいろよ」






蘭丸くんにまっすぐ見据えられてそう言われ、私はこくんと頷いた。すると蘭丸くんはくい、と私の顎を持ち上げて、そして触れるだけのキスをした。



私も……私も聴きたい。蘭丸くんだけの曲を。歌を。

そして蘭丸くんのロックを、誰よりも近くで感じたい。





「…………じゃあ俺も、練習行ってくる」


『うん、いってらっしゃい!』





最後に私の頭をひと撫でして、蘭丸くんは教室を出ていった。私も、早く帰らないと。そして今日は早く寝るんだ。明日のライブに備えるために。

心は今にも踊りだしそうで、先程から快活なメロディーが鳴り響いている。彼のおかげで、音楽がこんなに好きになったんだ。彼のおかげで、目の前に映るこの世界が明るくなったんだ。


本当に、彼にはもらってばかりだなぁ。



空を見上げる。やっぱり明るかった。既に陽も落ちて辺りは暗いはずのに、それでも、明るくて。

そんな鮮やかで美しい世界の中で、私は未来へ一歩、足を踏み込んだのだった。










となりの席の、



(お前のことを考えてたら自然とメロディーが浮かんできたんだ、なんてガラじゃねーし言えねぇけど、)

(だから、)

(そのぶん気持ちを歌に込めてやる。十分に、わからせてやる)


(…………お前に、届け。)












fin.
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