中編・シリーズ book
□13
1ページ/1ページ
信じられなかった。
ただでさえパンクしそうな私の頭の中に、当然今の状況は簡単に把握できるものではなくて。
でも、唇に感じたそれは、紛れもなく本物で。
まだ熱が、確かに残っていて。
まだ心臓が、馬鹿みたいにうるさかった。
「……初めてだった」
『!!!!』
ようやく私の目を塞いでいた黒崎くんの手が離れて、そして次の瞬間には私はまた黒崎くんの腕の中にいた。そのまま息もできないくらい強く抱き締められる。
苦しいけど、なぜかその苦しさが今は心地よく感じた。
「こんなにも誰かに自分の音楽を聴かせてやりたいと思ったのも、一番近くで聴いてほしいと思ったのも」
抱き締める腕の力は強いけど、私の頭を撫でる彼の手はびっくりするくらい優しくて。
耳元で囁く彼の声も、すごく優しくて。
「カミュと仲良くしてんの見ると腹立つのも、名前呼ばれんのが嬉しかったのも……こうやって抱き締めてたいと思うのも、ぜんぶ、」
『、っ』
「…………お前が、初めてなんだよ」
黒崎くんのその言葉を聞いた途端、胸がぎゅうっとして、痛くて、苦しくなった。
こんな感覚、初めてで。
私の頭は今にもパンクしそうなはずなのに、黒崎くんの言葉だけは、しっかりと聞こえた。しっかりと、理解できた。
黒崎くんは私に、自分の悩みを打ち明けてくれて。
そして自分の気持ちを、伝えてくれた。
それが私は嬉しくて。涙が出るくらい、嬉しくて。
だから私も、いくらヘタレな私でも。
『っ……あの、黒崎……くん、』
「?」
『かっ、顔……黒崎くんの顔が、見たい、です、』
「……っ、」
黒崎くんが固まるのがわかった。私だって恥ずかしいことを言っているのは重々承知だ。顔が熱くて熱くて、今にも爆発しそうで。
しかししばらくしてから、黒崎くんの腕が遠慮がちに離れた。私がゆっくり顔を上げると、私の視界に映った彼は、顔を真っ赤に染めてそっぽを向いていて。
そんな彼を見て、ああ、黒崎くんもドキドキしてくれたんだってそう感じて、すごく胸が熱くなった。
だから、私も。
私も、素直な気持ちを伝えたいから。
『好き、です…………ずっと、ら、っ、蘭丸くんが、好きでした、っ』
「…………!」
私は、黒崎くんをまっすぐ見てそう告げた。
黒崎くんは目を大きく開いて、背けていた顔を再びこちらへ向けた。すると自然と交差する視線。ばくばくばく、鼓動が速い。当然だ。やっと、言えたのだから。私の気持ちを、伝えることができたのだから。
告白するのってこんなに苦しいんだ。そんなことを考えていた私の頬が、突然ふわりとあたたかくなった。
「…………最初は、ただのとなりの席の女ってだけだったのにな」
『え…………?』
「けど消しゴムを借りたあの日以来、俺は表情がコロコロ変わるお前から、なぜか目が離せなくなってた。そんなこと、今まで一度だってなかったのによ、」
見ると黒崎くんの大きな手が私の頬に添えられていた。そして彼の手は、そのまま優しく頬を撫でて。
「……でも気づいたら、こんなにも好きになってた」
そう言って、黒崎くんが笑った。
音楽のことを話している時のものとはまた違う。照れくさそうで無邪気な彼のその笑顔に、私はまた涙が溢れて。それと同じように、彼への気持ちも溢れてくるようで。
涙で霞むはずの世界が、なぜか鮮やかに彩られていた。
「お前が好きだ、」
『…………うん、』
「これから、ちゃんと蘭丸って呼べよ」
『っ、うん!』
私は大きく頷いた。それを見た蘭丸くんは満足そうに笑って、ぐいっと顔を近づける。私が慌てて目を閉じると、間もなく唇に感じた蘭丸くんの熱。さっきよりもずっと熱くて、溶けてしまいそうで。一瞬離れてはまた重なる、その繰り返し。肩を押してもやめてくれなくて、何度も何度も降ってくる口づけに、なんだか頭がくらくらした。
そしてようやく唇が離れて、私は再び蘭丸くんに抱き締められる。蘭丸くんの腕の中はひどく安心できて、ああ私は幸せだなって、そう思えた。
─ ─ ─ ─ ─
2ページ構成にしようと思ったけど断念。
すみません、最終話は明日アップ予定です。
今度は本当の最終です!
2013.07.20.