企画

□それをヤキモチと呼ぶのです。
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「………………」
『………………』
「………………」
『……あ、あの、美風さん、?』
「………………」



おかしい。美風さんの様子がおかしい。
作曲家で美風さんの付き人をさせていただいている私は、つい先程まで彼の仕事にも付き添わせていただいており。それから美風さんの自宅で作曲についていろいろと教えていただく予定だったのですが……

(どうしよう、超怖い)
帰ってきてからというもの、美風さんはずっと不機嫌モードで。いや顔はいつもの無表情のままなんですけど、立ち居振る舞いとか醸し出すオーラとかが明らかに違いすぎるのです。黒崎さんといいカミュさんといい、どうしてうちの先輩方はこうも容易く近づくんじゃねぇオーラを発することができるのだろうか。このピリピリした雰囲気のおかげで、私は見事に動けないわけで。


そんな中、とりあえず私は一人ソファーの上で正座をしていた。声をかけるも無視され、その代わりなのか彼の持っていた書類が机に叩きつけられる音が部屋に痛々しく響く。思わず肩が震えた。今日の彼は物の扱いが雑である。さっきもステンレス製のコップを握り潰していたし、以前四ノ宮くんにもらったという可愛いクマのぬいぐるみも一瞬にしてグロテスクな姿へ変貌を遂げてしまった。もう誰か助けていただきたい。私の目の前には原形を微塵も感じさせないコップと、もはやホラーでしかないクマさんの帰らぬ姿が鎮座している。

これ以上犠牲が増えなければいいのだが……というかまずどうして美風さんはこんなにお怒りなのですか。ここまでご立腹なのは今まで見たことがない。私、何かしてしまったのだろうか。不安は募りに募っていく。



『す……すみません美風さん、』
「…………何が」



ひっく。声ひっく。

普段の天使のような高いお声は一体どこへ行ってしまったのか。こんな声聞いたことないんですけど。
(これはマジだ。マジで怒ってらっしゃる……!)



『わ、私っ、何か気に障るようなことをしましたでしょうか……!?』
「なんで」
『だ、だって、美風さんお、怒ってる、ようなので』
「…………別に、怒ってないし」
『え、』



嘘でしょ。私は相変わらず低い声を放つ彼を振り返る。美風さんは自分のパソコンに向かっていてその表情を窺うことはできなかったが、彼の背中からひしひしと伝わってくる怒気は確かなものだった。



『あの、やっぱり怒って』
「ねぇ、」



今度は言葉を遮られた。私の声なんて聞きたくもねぇよということなのだろうか。それはそれで傷つくのですが、美風さんがイスから立ち上がって今はそれどころじゃない。彼はそのまま、こちらへゆっくりと歩いてくるではないか。私は縮こませていた身体を更に縮ませ、ソファーの端へ寄った。しかし既に私の目の前には一つの影ができていた。間違いなくそれは、私の前で仁王立ちしている美風さんの影で。



『なっ、ななな何でしょうか!!!』
「…………さっきの男、誰」
『、へ?』
「さっき親しそうに話してた男、誰だって聞いてるの」
『………………へ?』



あまりの恐ろしさに顔を上げられなかったのだが、予想の斜め上をいく急なその発言に、私は思わず間抜けな声を上げてしまった。二度見ならぬ二度聞きである。

そんな阿呆みたいな私の反応が気に入らなかったのか、美風さんはいっそう目を鋭く尖らせてあろうことか綺麗なそのお顔(めっちゃ怖いんだけどね!)を寄せてきた。凍てつくような彼の視線とかち合い、ひっとまた変な声が出てしまう。



「…………答えて、」
『あ、あ、あれは、さ、早乙女学園時代の友達です!』
「友達?」
『そそそそうです!同じ作曲家コースだったから、作曲のアドバイスをよくしてくれたり……とっ、とにかく親切にしていただいた方で!!』



美風さんのただならぬ威圧に圧され、半ば泣きそうになりながら私は答えた。

彼の言う“親しそうに話していた男”とは、きっと先刻出会った彼のことだろう。
現場で美風さんの帰りを待っていたらふと声をかけられて、振り返れば見覚えのある顔。お互いにデビューしてからは全然会っていなかったから、つい話が弾んでしまったのだ。学生時代の思い出話とか、デビュー後のこととか……そうこうしているうちに美風さんがやって来て。そういえば、その時から美風さん、あまり機嫌がよくなかった気がする。

……ということは、仕事中にぺちゃくちゃ喋ってんじゃねぇ、と。そういうことなのだろうか。いやでも今日の怒り方は明らかにいつもと違うし……あああわかんないわかんない。

頭をフル回転させて原因を探ろうも、余計脳内はぐちゃぐちゃになるばかりで。首を捻りつつなんとなく顔を上げれば、美風さんは相変わらずの無表情のままこちらを見つめていた。その距離わずか10センチといったところで、思わず息の仕方を忘れてしまう。一方美風さんはというと、慌てて顔を背けた私の顎をガッと掴み無理やり自分の方へ引き寄せてきた。再び視界いっぱいに映る美風さんは、今までとはうって変わりなぜか面白くなさそうに眉を寄せていて。しかしそれよりも、私の心臓が今にも破裂しそうで。



『みっ、美風さ、』
「……いくら友達でも、男の前であんな風に笑っちゃ駄目でしょ、」
『…………、え?』
「見ててすごく苛々したんだけど」



キミの笑った顔は嫌いじゃないはずなのに、さ。そう言って視線を横に逸らす美風さんを前に、私は頭が真っ白になってしまった。これは一体、どういう状況なのだろうか。美風さんがあんなにも憤慨なさっていた原因は、私が旧友と仲良く話をしてたから……?いやいや有り得ない。

だって、それじゃあまるで美風さんが……



『ヤキモチ……やいてくれたんですか?』
「!!! な、なっ……そ、そんな訳ないでしょ!」



つい口を衝いて出てしまった言葉に、美風さんの顔がボッと火を吹いたように赤く染まる。そんなあからさまな態度をとられるとこちらまで恥ずかしくなってしまう。

とにかくドキドキとまたうるさく騒ぎ出す心臓をどうにか落ち着かせようとした私だったが。



「…………ヤキモチじゃ、ないし」



真っ赤な顔のままぶつぶつと呟きながら、




「たっ、ただ、キミを誰にも渡したくない……だけ、」
『…………っ、!!!』




両手で私の頬を挟みそしてコツン、と控えめにおでこを合わせてきた美風さんを前に、私の頭が再びフリーズしたのは言うまでもありません。







それをヤキモチと呼ぶのです。


(何かの本に書いてあったんだ。その……嫉妬深い男は嫌われる、って。…………それってホント?)

(ま、まぁ、程度によると思いますが……)

(…………ふーん、)

(でも、美風さんがヤキモチをやいてくれるのは、少し嬉しかったり……します)

(!!! …………そ、そう、)





─ ─ ─ ─ ─

はい、藍ちゃん夢です……!
今回はタイトル通りヤキモチをやく藍ちゃんです。普段から藍ちゃんで定着しているので、今回はあえての美風さん呼びにしてみました。うーん違和感すみません!
あと……甘くなってますかね!?私の書くものは比較的濃度低めみたいで……激しく不安でございます。

設定的には前回と同じく両片想いのつもりです。気に入っていただければ幸いです。


リクエストしてくださった秋様、本当にありがとうございました!!





2013.11.20.

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