企画

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音也くんだ。
振り返らずともわかるその大きな声に、私は全身から冷や汗が流れるのを感じた。

かっこいい、と漏らす女子を尻目におずおずと彼の方へ目を向ける。音也くんは珍しく眉間に皺を寄せながらこちらへずんずんと歩いてきた。手にはチキンドリアがひとつ(恐らく私のだろうと思う)。いやしかし、どうしてこのワンコはお怒りなのだろう。あと駄目って何が……



「なんで手、握ってんの」
『え……?』
「…………離してよ、」



ここで私は気づく。音也くんの視線は私ではなく、隣の高橋くんへ向いていることを。私は慌てて高橋くんから手を離した。『ごっ、ごめんね!』と謝れば、戸惑ったように首を横に振る高橋くん。しかし音也くんの目つきは未だ鋭いままで。
そういえばさっきの声すごく低かったし、どうやら彼は相当不機嫌モードらしい。その姿はさながら見知らぬ人に威嚇する犬のようで。

……うん、とりあえずハウス。音也くんハウス。



「っ、おい音也、ちゃんと食事運ばなきゃ駄目だろー」
『!』
「し、翔……」
「真面目にやれよー。あ、オムライスとハンバーグ定食になりまーすっ!」



けれどこの非常に危険な状況を救ってくれたのは、またしても翔くんだった。翔くんはいつも通りの笑顔で、持ってきた品物をテーブルに並べている。よし、翔王子には明日絶対お礼言おう。
そんな翔くんに指摘されて我に返った様子の音也くんは、手に持つチキンドリアを渋々テーブルの上に置いて。それでもどこか腑に落ちないといったような表情で見つめてくる彼に、私は精一杯の笑顔を浮かべるしかない。

(…………って、ん?)
するとワンコのものではない、もう一つの視線を感じた。見ればバチリと目があう音がどこからともなく聞こえた気がして。……え、ちょっと待って、どうして翔くんまで睨んでくるんですか。首を傾げればふいっとそっぽを向かれる始末。なんで。

あ……もしかして彼は私が散々迷惑をかけてしまったから怒っているのでは。どうしようまたこの前みたいに家来を解雇されかねないんじゃ……などと考え込んでいたのだが、翔くんはそのまま音也くんの方へ歩み寄り、制止するように彼の肩に手を置いた。



「……ほら戻るぞ音也。まだ運ぶモンはあるんだからな」
「うー、だってさぁ」
「だってじゃねぇよ。ほーら、行くぞ!」
「ちょ、っと待ッ───あ、っ」
『!!? 冷たっ、』



痺れを切らした翔くんに腕を引っ張られ、体勢を崩す音也くん。そんな彼の手が、ちょうど傍に置いてあったコップに当たって。
結果コップは床に落下し、ガシャンと派手な音を立てて割れた。中に入っていたオレンジジュースは見事に服へ飛び散る。いきなりの騒動に、周りも徐々にざわつき始めて。

……ああ、きっと今日は厄日か何かだ。
ゆっくり立ち上がり振り返れば、顔を青くした音也くんと翔くんに対面した。



「ご、ごめんね!俺……っ」
『いえ、全然平気ですから!え、えっと……何か拭くものとか、ありますか?』
「あ、じゃあ俺取ってく」
「───いえ、結構ですよ翔、」



すると完全に取り乱している二人とは正反対の、落ち着き払った声が突然近くで聞こえて。

これは一ノ瀬さんだ──そう思うよりも先に彼は素早く私の前に屈み、そして取り出したハンカチを服にあてがった。そのまま彼はポンポンと叩くようにシミを拭き取っていく。その無駄のない動作に思わず息を呑んでしまった。……って、いかんいかん。見惚れている場合じゃない。
私が『あの……』と恐る恐る声をかけると、一ノ瀬さんの綺麗な顔がこちらを見上げる。な、なんか下からの一ノ瀬さんとか妙に緊張するんですが。



「うちの従業員が大変失礼致しました。お怪我等はございませんか?」
『あ……はい大丈夫です。えっと、』
「音也、貴方は直ちに床の掃除をしなさい。翔は引き続き食事を運んでください」
「あぁトキヤずるいっ!!」
「誰の不注意のせいでこのようなことになったんです。少しは反省して早く片付けなさい。それと、破損報告書への記入も忘れずに」
「ぅ、…………はい、」



一ノ瀬さんのお叱りを受けあからさまに落ち込んでしまった音也くんは、がっくりと肩を落としながら散らばった破片を片付け始めた。翔くんも急いでキッチンへ走っていってしまい、どうやら騒ぎは一旦収まったみたいだ。

………………。

否、収まってない!
私が再び視線を落とせば、涼しい顔で私の服を拭く一ノ瀬さん。この光景は少し、いやかなり目立っている。こ、この状況はまずい。早く断らないと……



『あ、あの!』
「……はい、何でしょう?」
『お、お店もなんだかお忙しいみたいですし、拭くくらい自分でできます、ので……!』
「いえ、そのようなわけには」
『っ、いやいや!ホント、平気なので!!』



控えめに一ノ瀬さんの肩を押しながら説得すれば、一ノ瀬さんはやがて拭くのを中断しゆっくりと腰を上げた。よかった、なんとかわかってもらえたようで



「…………ですがお客様、」



───あれ、おかしいな。
目の前でにっこりと微笑む彼に寒気立ってしまうのはなぜでしょう。



「わざわざこのST☆RISHに足を運んでくださったのですから……」
『!!!』



そう言って更に笑みを深くした一ノ瀬さんは、硬直する私の耳元にそっと顔を近づけて。




「しっかりと“おもてなし”、させていただかないと」




そんな悪魔の囁きに、私が泣きそうになったのは言うまでもなく。


こうして巷で有名なファミレスST☆RISHは、私の中で二度と行きたくない店No.1になったのである。

(もう仮病でも何でもいいから早く帰ろう)





おもてなし!


(…………ふふっ、)
(? どうかなさったんですか、月宮店長)
(んー? いやね、うちのプリンスさま達ったらみんなして名無しちゃんが気になるみたいでね。これが見てて面白いのよぅ!)
(え……?)
(きっと名無しちゃんのことが心配で仕方ないのねぇ。ふふっ、名無しちゃんも大変!)
(…………?)





─ ─ ─ ─ ─

はい、というわけで終わりです!
はい、強制終了ですー!!←

あわわいろいろとすみませんでした!とりあえずお相手誰にしようか悩んだ末になんだか中途半端になってしまった次第です。申し訳ございません。最終的にはトキヤさんの出番が多かったかなと思いますが。これはトキヤ落ちには……ならないんですかね。微妙ですねすみませんorz

このあと夢主さんは家帰りますね。そして翌日学校で女子たちに質問責めにされることでしょう。そしてバイトへ行っても天然プリンスさま達に質問責めにされることでしょう。これからもみんなに愛される苦労人な夢主さんを目指します。


リクエストしてくださったさなれ様、本当にありがとうございました!!





2013.10.28.

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