企画
□卒業しよう
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私には、好きな人がいて。
彼にも、好きな人がいる。
交わることのないこの想い。
それは、初めて会ったときから変わらなくて。
でも、貴方の背中を眺めるのが、私の役目で。
貴方を笑顔にするのが、私の役目だったんだ。
『しょーちゃんっ!』
夕暮れどきの教室で、私はひとつの影を見つけた。
夕陽で赤く染まるその背中は、笑えるくらいちっぽけで。
私が声をかければ、小さな影はゆっくりとこちらを振り返った。
「……名無しか」
『その通り、名無しの名無しでございますよ!がっかりした?』
「してねーよ。……お前が来て安心した」
『ふふ、そっかそっか!お姉さんは嬉しいよー!』
「お姉さん、って……同い年だろ俺たち!」
『まぁまぁ、細かいことは気にするでない!』
「……ったく、」
そんなやりとりをして、私は呆れ顔の彼──来栖翔の隣に並ぶ。翔ちゃんは横目で私を一瞥してから再びその視線を窓へと向けた。
そして訪れる沈黙。
私はこの沈黙が嫌いだ。
『どうしたの?何かあった?』
「…別に、なんもねーよ」
『ふーん、それは残念だなぁ!』
明るい声でそう言えば、翔ちゃんは残念ってなんだよ!とすかさずツッコんできたので私はとりあえず笑っておいた。
翔ちゃんの嘘つき。絶対何かあったくせに。
私、わかるよ。
だって、顔に書いているから。
“苦しい”って。“つらい”って。
ほんと、嘘が下手なんだから。
『……まぁ、どーせ春歌ちゃんのことでしょ。隠そうとしたってこの名無し様には通用しません!』
「……………、」
そう。
翔ちゃんには、片想いをしている相手がいる。
その名前は、七海春歌。
クラスが違うからそんなに会うことはないが、何回か話をする仲だったりする。ふわふわした可愛い女の子だ。
そして少し…いや、かなりの鈍感さんでもある。
わかりやすすぎる翔ちゃんの好意にもまったく気づいていない、とんだ大物お姫様。
しかしそんなお姫様もまた、彼と同じで。
──それで、一十木くんがね…!
あのときの、話をしている春歌ちゃんの表情が、頭の中から離れなくて。
あれは、きっと間違いない。けど。
『……ま、何はともあれ頑張るのだ青少年!』
「てめぇ他人事だと思って…!」
『…はっはっはー』
たぶん、翔ちゃんも知ってるんだろう。春歌ちゃんが、自分ではない誰かを想っているということ。
翔ちゃんもそこまで鈍感ではない。
けれど私は知らん振りをして、笑顔で彼を応援した。それが私の役目だからね。まぁ余計プンスカ怒られてしまったわけだが。
まったく、酷いなぁ翔ちゃんは。
他人事なんかじゃ、ないのに。
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