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□平凡少女の迷走
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彼に対する第一印象は“怖い”だった。何を考えているのかわからないあの飄々とした態度、軽い口調、常に貼り付けた不敵な微笑。それでいて誰にも近寄らせない確かなオーラを纏っている彼は、即座に私の中で苦手な人というカテゴリへと確定してしまったのである。

そんな彼と初めて会ったのはダルマリーの町、星の綺麗な夜だった。その日は戦闘に巻き込まれたエリザベスちゃんが大怪我を負って寝込んでいて、私はそんな彼女を看病しながらもひっそりと宴に参加させてもらっていた。私は何もしていないからと丁重に断ったもののメリオダスさんは「うんにゃお前も強制参加だ」と言って聞かなかったのである。エリザベスちゃんの看病をするためだと思えばよいのだろうが、だからといって果たしてこんな役立たずが同席してよかったのか。すごく居たたまれない。



「ほーら名無し、新しい団員だぞ!」
『……え?』



エリザベスちゃんの様子を窺いつつ食事には手をつけられないでいると、不意に背後からメリオダスさんに話しかけられた。慌てて振り返ればそこにはよく知ったメリオダスさんの顔と、そして知らない男の人が一人立っていて。赤い窮屈そうな服を身に纏っていたその男の人は、大して興味もなさそうに私を見下ろしていた。どくり。心臓が妙な音を立てた。



「こいつが〈強欲の罪〉のバンだ。まぁ見ての通り変なヤツだけど、仲良くしてやってくれ!」
「変なヤツとは失礼だなァ、団ちょ〜」
『あ……えっと、名無しと言います。よろしくお願いしま、す』



急いでその場で立ち上がり、バンと呼ばれた彼に向かって一礼する。人を見た目で判断するのは失礼だけど、雰囲気からして苦手なタイプだ。自分でもびっくりするくらい小さな声が出てしまって、どんな反応をされるかと思い恐る恐る表情を窺えばその男は退屈そうに大きな欠伸をひとつ。呆気にとられて声も出なかった。



「……で?コイツもどっかの王女様ってワケか?」
『っ、い、いえ、私はただの人間で……』
「あァ?じゃあなんでそんなヤツが団ちょと一緒に旅なんかしてんだよ。師匠はともかく、それこそまったくの無意味じゃねーか」
『……っ、』



魔力だって全然感じられねぇしな、と。鋭い視線が私に突き刺さる。私は何の言葉も返せず、ただ彼から目を逸らすことしかできなかった。怖い。さっきまでメリオダスさんに向けていたものと同じとは思えない敵意むき出しな態度に、冷や汗が額を流れていくのがわかった。
しかしそんな中、私の肩にまわった一つの腕に気づく。それは私のそれよりも少し短くて、それでいて誰よりも逞しくてあたたかい。視界に飛び込んできた金髪に、今まで感じていた恐怖が少し和らいだ気がした。



「いいや、名無しは俺が雇ってるウチの掃除婦であって大切な仲間だ!無意味なんて言うんじゃねぇよ」
『め、メリオダスさん……!』
「だからバン、二度とコイツにそんなこと言うな。わかったな」



私を庇うように間へ入ってきたメリオダスさんはいつものように屈託のない笑みを浮かべていたけれど、その声色は真剣そのものだった。本当にこの人は、どうしてそんなに優しくしてくれるのだろうか。さっきのバンさんの反応こそが尤もで、こんな非力な自分を受け入れてくれる方がどうかしている。だからメリオダスさんには感謝してもしきれないのだ。
そんなメリオダスさんを見たバンさんは次の瞬間にはケロリとした様子で「んだよ団ちょ、冗談だろジョーダン。んなムキになんなって♪」と持っていたお酒を煽った。なんか、本当に掴みどころがない人だ。そしてそんじゃあヨロシクなーちっこいの♪と呆然と立ち尽くしている私の頭にポンポンと手を置いて、そのまま彼は去っていってしまった。

(……この先上手くやっていけるかな、)
メリオダスさんの仲間だから決して悪い人ではないのだろうが、個人的にはあまり関わりたくないと思った。ただでさえ男の人は得意ではないのに、あんな個性的なお方とあれば挨拶さえまともにできない気がする(実際にできなかったけど)。まぁあちらも見るからに興味なさそうだったし、この先深く関わることもないんだろうなあ。





* * *



(……って、あの時は思ってたんだけどなぁ)
どうして、こんなことになってしまったのでしょうか。私は床で大の字になりながら熟睡している彼を見ながら、そんなことを考えていた。

数時間前メリオダスさんと飲み比べるというバンさんの無謀すぎる挑戦が始まり、そして序盤という序盤で酔い潰れた彼を誰も見向きもせずそれぞれの部屋へ戻ってしまい今に至る。私も夕食の片づけをすべて終わらせ、残るは目の前の大罪人一人となってしまったというわけである。さてどうしようか。軽く肩を揺らすもまったく起きる気配がない。いびきを掻き気持ちよさそうに眠る彼を無理やり起こすのも気が引けるしそもそも起こせる気がしない。仕方ないので今日はここで寝てもらおう。体は痛くなりそうだけど。



『……でも、不死身なら痛くなったりしないのかな』



いまいち彼の仕組みがわからない。うーんと首を捻りつつ、念のためにと寝ている彼を起こさないように頭を持ち上げて枕を入れてみた。あとは掛けるものだなぁと、倉庫からタオルケットを引っ張り出す。彼の全開なお腹は何度見ても寒そうで、今日みたいに酔い潰れて眠っている姿を見るとついつい掛けるものを探してしまう。こういうのは余計なお世話というものなんだろうけど、でもなぜか放っておけなくて。何の取り柄もない自分がここに置かせてもらっている以上は少しでもみんなの役に立たなければと、そういう気持ちが先走っての行動なのかもしれない。おせっかいだ迷惑だと言われてしまえばそれまでだけど、私自身そうしないと気が済まないのだからこればかりは仕方がない。

(そういえば、あの時もそうだったなぁ)
ダルマリーでの宴が終わった後、気づけば仲良く眠るみんなの姿があって。気持ちよさそうに寝息を立てる彼らを私は起こさないように毛布を掛けてまわったのだった。でも苦手意識を持ってしまった直後で、バンさんに掛ける時だけはすごく緊張した覚えがある。今でも緊張してしまうけれど。私は持っているタオルケットを握り締め、そしてゆっくり、バンさんのお腹に向って腕を伸ばした。ぱさり、無事お腹の上にタオルがかかったことを確認してホッと胸を撫で下ろす。さて、私も早く寝よう。
こぼれそうになる欠伸を噛み殺し、私はゆっくりと腰を持ち上げた。そしてもう一度バンさんの顔を見やれば相変わらずの熟睡状態で、思わず笑みが漏れてしまう。


最初に植えつけられた苦手意識が今ではそれほど感じられなくなったのは、バンさんの態度がガラリと変わったせいだろうか。毎日のように私を抱き締めてくる彼は未だに何を考えているのかわからないけれど、初めて会ったときに感じたようなギクシャクとした壁は、もうそこにはなくて。
なぜ私に興味を持ってしまったのかはわからない。単なる彼の気まぐれであることは知っている。だけど、彼が私を仲間だと、そう認識してくれたのだと思ったらすごく嬉しかった。勝手な解釈かもしれないけれど、こんな自分を少しでも受け入れてくれているという事実は、私にとって何よりも代えがたい幸福なのだ。
しかし同時にバンさんのこの一時的なほとぼりがいつか冷めてしまったら……と、そんな考えが頭をよぎって。私に対する興味がなくなってしまえば、彼の態度はあの初対面の時のものに戻ってしまうのではないだろうか、とか。さすがにそれは考えすぎかもしれないけれど、でもそうなってしまったら私は、きっとすごく悲しい。

(あれ……矛盾、してる?)
一刻も早くバンさんの興味の対象外にならなきゃと思っていたのに、その瞬間を心のどこかで恐れているなんて。そう自覚してみると、なんだか急に恥ずかしくなってきた。これじゃあ私が、バンさんに抱き締められたいみたいじゃないか。違う違う。抱き締められるのは本当に勘弁して頂きたくて!ただ他のみんなと同じような仲間同士の関係になりたいと願っているだけで!



『…………寝よう、』



結局私はそこで考えることを放棄し、諦めて自室へ戻ることにした。もう相当遅い時間だ。明日も早いし、即刻寝ることにしよう。うんそうしよう。
『おやすみなさい』と起きる気配を微塵も感じさせないバンさんに一声かけて、こうしてまた私は彼から逃げるのであった。





平凡少女の迷走





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文字ばっかですみません……





2015.03.26.

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