同じクラスの火神大我くんは、年上で金髪でばいーんな女の人と付き合っているらしい。この前男子が集まって話をしているのを盗み聞きした情報なので本当なのかどうかは定かではないけれど、実際にそれを目撃した人もいるらしいしどうやら間違いではないみたいだ。しかも噂によると同棲までしているんだとか。そんな彼の噂は、平々凡々な日常を送る私にはまるで縁のない話で。 普段であれば右から左へと受け流す話であったはずが、しかしながらそれはいとも簡単に私の心を抉るものであった。
だって私は、何を隠そうその火神大我くんのことが好きなのだから。
* * *
『黒子くん黒子くん、』 「何でしょう、名無しのさん」 『火神くんが年上で金髪でばいーんな女の人と同棲してるって本当なの!?』 「……ばいーん?」
目の前で訝しそうに眉を顰める彼は黒子テツヤくん。びっくりするくらい影が薄い私のクラスメートである。しかし今となってはそれも慣れてしまって、こうやって気軽に相談ができるような間柄になっている。そんな空気男黒子くんに聞いてもらっているのは言うまでもない、彼の相棒でありそして私の片想い相手である火神くんだ。 突然の私の問いを受けた黒子くんはしばらく戸惑ったように目をぱちくりしていたが(可愛い)、やがて何か思い当たった節があったのか「そういえば、」と声を上げた。
「同棲しているかどうかはわかりませんが、確かこの前火神くんがその人とキスをしているところは見ました」 『…………、は?』
ショート。頭の中ショート。 え、ちょっと待って。ただでさえ火神くんが誰かと付き合っているという仮定を必死に打ち消そうとしているのに、いきなり新たな事実が発覚してしまった。それも黒子くんの証言とあらば認めざるを得ないわけで。だがしかしキスだなんてそりゃあもう予想外すぎるワードを簡単に噛み砕くこともできず、私はわなわなと震えるばかりだった。
『火神くんが、き……キス、ですか、』 「しかも深い方でした」 『ぶっ!!! え、ええええ!!!?』
ディープだと……!?何それ聞いてないよ!! 空いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。湧いて出てくる新事実たちに眩暈を覚えた。ああもう駄目だ、ショックで立ち直れない。軽く一週間くらいは立ち直れる気がしない。脱力し机の上へ倒れ込む私とは対照的に、黒子くんは相変わらずの涼しい顔をしていた。完全に他人事だよね黒子くん。このやろう。
「……でも、それほど気に病むことはないと思いますけど」 『…………、他人事だからそんなこと言えるんだよ黒子くん』 「いえ、そうではなくて、」 「おい」 『!!!』
心臓が止まった、ように感じた。 噂をすれば影とはよく言ったものである。とはいえ彼は影というよりかは光の方だよなぁとか呑気なことを考えてしまった自分を全力で殴りたい。 いやしかし、光である貴方が一体いつから黒子くんの空気スキルを身につけたのですかなんて、それは誰だって思ってしまうことだろう。けれどもそんな私の愚かな疑問も、彼の纏うとんでもない威圧に敢えなく掻き消されてしまった。(どうしよう、今の声すごく低かった!)
机に貼り付けていた顔を亀並みの速度で後ろに向けると、彼は予想通りのしかめっ面でこちらを見下ろしてして。その姿もやはりかっこいいと思ってしまうのは最早どうしようもない。私は慌てて口を開いた。
『お、おはよう、火神くん……きょ、今日は早いね!』 「……別に、いつも通りだろうが」 『え? あ、そっか、そっ、そうだよね!いつもこの時間だったね!うん!』 「………………」
駄目だ、火神くんの目つきがいっそう鋭くなってしまった。いやでもこれは無理だ。先程から散々火神くんの彼女とかキスとかディープ云々のお話を聞き、そんな不安定な精神状態のままで彼とまともに会話ができるという人がいたらそれはもう崇め奉るレベルなわけで。 そう、結果無理。無理なのだ。
「おはようございます、火神くん。朝から低血圧ですか」 「うるせぇ黒子。……それよりお前ら、さっきから何話してたんだよ」 『へっ!? な、何でもないよ!ねぇ黒子くん!』 「ええ。実は名無しのさんが火神くんの」 『、っわあああああ!!!?』
空気男は空気も読めんのか!!! ガタンと勢いよく席を立ち、私は突然動き出した黒子くんの口を急いで塞いだ。いやいやほんと待っていきなり何カミングアウトしようとしてるの!悪魔か!こいつ小悪魔か!口を押さえる手はそのままで思いきり黒子くんを睨んだが、当の本人はまるで知らん顔。悪魔か。 とにかく油断ならない。油断ならないよ黒子くん。この手を離せばまた彼の勝手なお口が開きそうだし、私は一体どうすればよいのだろう。ぐぬぬ……と必死になって対処法を考え込んでいれば、しかしながら力を入れていたはずの自分の両手が不意に緩んだ気がした。 我に返って確認すると、そこには私の両手を掴む大きな手、そして視界に映える綺麗な赤い髪。それから瞬く間もなく、掴まれた私の手は敢えなく黒子くんから引き離されてしまう。
触れた手首がすごく熱かった。
『……あ、えっと、』 「………………」 『か、火神くん、今のは本当に何でもなくて、ね』 「………………」 『あ、の……』
空気が読めない悪魔こと黒子くんの口を自由にしてしまった犯人は火神くんで、つまり、現在進行形で私の手首を掴んでいるのも紛れもなく火神くんというわけで。そんなの、私が平然を保っていられるわけがなくて。それでも意を決して恐る恐る顔を上げれば、目の前にはこの上なく不機嫌な表情の火神くんが映っていた。
『ど、どうかした……?』 「別に、何でもねぇよ」
そんな火神くんに私がビクビクしつつも尋ねると、彼はふいっと顔を逸らしながらそう呟いた。しかし再びこちらへ視線を向けたかと思えば、掴んでいた私の手を突然持ち上げて。
「…………けど、すげぇもやもやする」
そして私の背の高さまで屈んだ火神くんは、あろうことか私のてのひらを自分の唇にくっつけたのだった。
意識が吹き飛ぶ五秒前!
(………………) (……あ? 名無しの?) (………………) (……ぶっ、) (おい、てめえ何笑ってんだ黒子) (……いえ、何でもないです。それよりも早くその名無しのさんの手を離してあげてください) (は? 何で、) (名無しのさんが死んでます)
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少し続く感じです。三話くらいで終わります。 天然無自覚な火神可愛い。
2014.02.12.
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