短編集

□密かな独占欲
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『あ、綺羅さん、おはようございます!』



私が廊下を歩いていると、ふと見慣れた後ろ姿が目に入った。ちょっと嬉しくなって声をかければ、彼は動かしていた足を止め、ゆっくりとこちらを振り返った。綺麗な黒髪がふわりと揺れる。



「……おはよう」



おおお挨拶を返してくれた!私は心の中で密かにガッツポーズをしながら、早足で綺羅さんに駆け寄った。

さて、今日はHE★VENSの新曲の打ち合わせです。今回の担当作曲家である私も一緒に参加させていただくことになって。今日は初回なので曲のざっくりとしたテーマとかコンセプトなどを決めるという内容です。
HE★VENSのみなさんは個性の強い人たちばかりだけど、いち作曲家として、その一人一人の魅力を引き出せるような曲を作らなければ!!



『えっと、今日はよろしくお願いしますね!』



改めて挨拶をと私が頭を下げると、綺羅さんもコクリと小さく頷いてくれた。わあああ綺羅さん可愛い可愛い。

……とまあこんな感じで、私と綺羅さんは一緒に会議室へ向かうことにしたのである。




* * *

綺羅さんは、とっても無口な人だ。
質問にはイエスかノーでしか答えず、しかもその返答も頷いたり首を振ったりするだけ。表情も基本変わらないため何を考えているのかまったくわからない。一見怒っているように見えて実はそうじゃなかったり、ぼーっとしているようでしてなかったり……とにかく、彼はミステリアスな人なのだ。


でもなんだかんだ言っても先程みたいに挨拶は返してくれるし、今だってちゃんと私の歩幅に合わせて歩いてくれている。

(さりげなく優しいんだなぁ……)

こういうのって、やっぱり嬉しいもので。
へへへ、と頬を緩ませていたら綺羅さんがいきなり不思議そうに顔を覗き込んできたので私は慌てて頬の筋肉を引き締めた。び、びっくりした……!



『あっ、えっと…………し、新曲!綺羅さんは今度の新曲、どんな感じのがいいですかっ!?』
「…………新曲?」
『はい! そ、その、みなさんで話し合う前に意見収集と言いますか、綺羅さんはどんな曲を歌いたいのかなって思って!!』



なんとか取り繕った……つもりだ。多分絶対にバレてると思うけど。でも今はこうやって紛らわすしかない。もうただの変な人である。もうやだ帰りたい。

しかし綺羅さんは少し黙った後、再び口を開いて。



「…………格好いい、曲」
『!!! ……な、なるほど!』



またもやびっくりしてしまった。まさか答えが返ってくるとは思わなかった(なんか失礼だけど)。なんとか誤魔化せたのだろうか。
まぁ今回のお仕事の話だし、綺羅さんも真剣に考えてくれている。何より、せっかくの綺羅さんとの貴重な会話だ。私も積極的に意見を出さないと!



『格好いい曲ももちろん素敵ですけど、私的には少し大人なカンジの曲でもいいかなーって思ってるんですよ』
「…………大人、」
『はい。HE★VENSのみなさんはエレガントなイメージがあるので、そういった曲でも全然いけるかと!』
「………………」
『……あ、嫌とかだったら言ってくださいね。あくまで意見収集なので、歌いたいジャンルがあれば何でも』
「いや、」



凛とした綺羅さんの声が響いた。
今のアイデアはちょっと駄目だったかな……と思って反省していたのだが、聞こえたのは否定の言葉で。思わぬ返答に綺羅さんの方を窺うと、前を向いていた彼の顔がゆっくりとこちらを振り返った。心臓が音を立てる。相変わらずの無表情で感情が読めないから、余計かもしれない。

金色の瞳が、とても綺麗だった。



「名無しの作る曲なら……何でも歌いたい」
『!!!!』



その金色の瞳が、僅かに細められた気がした。

ど…………
どどどどうしよう嬉しい。嬉しすぎて涙出そうなんですけどどうすればいいのでしょうか、これ。まさか綺羅さんからそんな言葉が頂けるなんて思ってもみなくて、これはまさに感無量なのですが不意打ちすぎた彼の発言に、私の顔は完全に茹でダコ状態で。

やばい──そう思って顔を隠すも既に遅く。視界の隅に映った綺羅さんの目が、今度は大きく見開かれていた。急に顔を真っ赤にさせるものだから、変な女だと思われたに違いない。綺羅さん天然そうだし多分無自覚なんでしょうね。うわあどうしよう恥ずかしい。不意打ちとか弱いんです私。そういう耐性ゼロなんです私。



『あ、あのえっとそのあああありがとうございます!そんなことを言って頂けるとは思わなくて、ですね、その……びっくりしちゃって!』
「………………」
『っ、と、とにかく、私もき、綺羅さんのご期待に添えられるような曲を作ろうと、』
「あれ、綺羅と名無しだぁ」
「? おいどうした、そんな道の中央で立ち止まって」
『ッ、!!!』



突然遠くから声がした。間違いない、この声の主はナギくんと瑛一さんだ。
ということは、二人にもこの間抜けなタコ面を晒してしまうということで。いやいやもはや恥ずかしいどころの話じゃないよこれ。タイミングよすぎだよ二人とも!

しかし考えてみれば既に綺羅さんにも見られてるし、もういっそのこと開き直るしかないのか私。どうにか上手く誤魔化せればなんとか…………


と、そう考えていたその時。



『───うわっ、』
「え、綺羅!!?」



真っ先に叫んだのはナギくんだった。まるで信じられないものを見てしまったかのような声色で、彼は綺羅さんの名前を呼んだ。
さて、ここでなぜナギくんが綺羅さんの名前を呼んだのかといえば、その理由は一つしかなくて。


それは

あの綺羅さんが、いきなり私を抱き締めたからで。

いきなり抱き締められた方の私は今の状況がまったくわからなくて、でもそんな私の視界に映っていたのは、綺羅さんがいつも着ている黒いベストだった。それに全身に感じる体温や鼻を掠めるこのにおいは、紛れもなく綺羅さんのもので。それらに気づいた私は、一気にこの現状を把握させられたわけで。



『き、っ……きききき綺羅さん!!!? こっ、こっこれは一体どうして、っ』
「……………………」
「うわあ、綺羅って案外積極的なんだねぇ」
「……ほぅ、これは実に興味深いな」



背後から二人の声が聞こえた。当の綺羅さんは黙ったままで、しかし抱き締める力は一向に緩めてくれる気配がない。困った。これは非常に困った。

っていうか瑛一さん、ナギくん!お願いだから見てないで助けてくださいよ!あと瑛一さん、興味深いって何!?

もう何が何だかさっぱりで、ただただ私の心臓がうるさいばかりで。綺羅さんがこんなことをするなんて誰が想像できただろうか。もちろんびっくりしているけど、心のどこかでは嬉しいという確かな感情があって。わ、私は何を考えているんだ!ああもう死んでしまいそう。

どうにか落ち着こうと私が必死に脳内の整理を試みていると、綺羅さんの顔が急にこちらへ近づいたような気がした。



「今の名無しの顔、見せなくない」
『っ、』
「瑛一にも、ナギにも……見せなくない」




二人には聞こえない、私だけに届くような声で彼は囁いた。独特な彼の低い声が耳をくすぐる。おかげで私の試みは呆気なく失敗してしまった。そのうえ顔はさっき以上に真っ赤で。

(なんか……ずるい、)
ついに降参した私は赤くなった顔をうずめ、綺羅さんのベストの裾をぎゅっと掴んだ。







密かな独占欲


(へー綺羅って結構独占欲強いんだね)
(ふっ……実に面白いじゃないか。最高だ)
(っていうか綺羅でもあんな表情するんだぁ。ボク赤くなる綺羅初めて見たよ!激レアじゃない?)
(そうだな、俺も初めて見たぞ)
(…………あとこれから打ち合わせだってこと、言った方がいいのかなぁ)
(……そうだな、)





─ ─ ─ ─ ─

ついに書いてしまった綺羅夢ー!!!

HE★VENSよかったよHE★VENS……!個性の強い方たちばかりでアニメ観てお腹いっぱいになりました(笑)
中でも綺羅くんがお気に入りです。無口キャラを私は待っていた!

いやしかしHE★VENSさんたちの口調がわからないし性格とかもほぼ推測でしかないので……すみません。思わずノリで書いてしまいましたorz





2013.07.15.

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