短編集

□酔い醒ましをください
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『はぁ気持ちよかったー』





それは深夜、もうすぐで日付が変わろうかという時間のことである。本日一日分の疲れを癒やすためにお風呂へ直行し、のぼせない程度に体をあたためた私は、のろのろとその場を後にした。Tシャツ短パンというまあなんともシンプルな服を身に纏ってリビングへ出る。お風呂あがりで暑いくらいだからこの格好が丁度いいのだ。ああ牛乳飲みたい。

そんなことを考えながら冷蔵庫を開け、私が中にある牛乳パックに手を伸ばした。しかし同時にガチャリと扉が開く音が聞こえたので、私は伸ばした手を止めてそちらに目を向ける。

扉の前に立っていたのは黒崎さんだった。まぁ見なくてもわかるんだけどね。今日はドラマの打ち上げか何かがあると聞いていたから、もう少し遅くなると推定していたのだが。





『お疲れ様です黒崎さん。早かったですね』


「あァ、まぁな」


『なんかいります?飲み物とか』


「…水」


『了解です』





水…と。

私は冷蔵庫を閉めてコップを取りに食器棚へ向かう。牛乳はまた後でいいや。どうやら黒崎さんはお疲れのようだし、早めに休んでもらおう。あ、でも黒崎さんシャワー浴びるよね。





『黒崎さん、お水飲んだらお風呂どうぞ。もう沸いてますから』


「んー」





コップに水を注ぎながら声をかければ、わりと近くで聞こえた黒崎さんの返事。それにペタペタと床を叩くスリッパの音がだんだん大きくなってきていて。
てっきりソファーにでも座っていると思っていたから、私は気になって顔だけ後ろに向けた。すると私のすぐ後ろには既に彼が立っていて、思わず『っわ、』と小さく声を上げてしまった。びっくりした。ホラーですか。





『ど、どうかしました?』


「別に、」


『そうですか…』





まぁ、早く淹れろやっていう意思表示なのかな。なんかすごく緊張するな。手が震える震える。
というか、そうこうしているうちに水が溢れんばかりになってしまった。私は慌てて蛇口のレバーに手を伸ばす。しかし、それより先に背後から手が伸びてきて、水が止まった。止めたのは当然黒崎さんである。





『あ、ありがとうございま、……え、』





出しかけたお礼の言葉が詰まったのは、レバーから離れた黒崎さんの右手が私のお腹にまわったからで。同時に、体がふわりと何かに包まれて。

ガコン、とコップが流し台に転がり落ち、水がこぼれた。コップ割れなくてよかったな。
……じゃなくて、ちょっと待て。私は今、黒崎さんに抱き締められている、わけで。…なんで?彼が自ら抱き締めてくるとか、普段なら絶対有り得ないのに。どうしていきなり。

……って、うわ。もしかしてこの人。





『黒崎さん、酔ってますよね?』


「…あ?酔ってねぇよ」


『酔っぱらいは大抵みんなそう言うんですよ!』





やっぱりそうだ。呂律こそしっかりしているけど、鼻を掠めるこの独特なにおいは間違いなくそれだ。黒崎さんの白い肌も今はほんのり赤い気がする。まぁそりゃあ打ち上げだもんね、お酒のひとつやふたつ呑むのは当たり前か。
でも酔っ払うと抱きつき魔になるとか、たち悪いなぁ黒崎さん。まぁとりあえず水を飲んでもらって、さっさとお風呂に……





『──うひゃあっ!!?』


「…はっ、変な声」


『なッ、ななな何するんですかいきなり!』





私が転がっているコップを拾おうとすると、急に首筋に走ったざらりとした感触。再びコップを落としてしまう。はあ、と黒崎さんの熱っぽい吐息までもがダイレクトに伝わって、私の体は震えるばかり。





『、黒崎さ……ッ』


「お前、風呂あがりだろ?すげぇ熱い、」


『やっ、やめ…』


「……ほら、逃げんな」





そう言って強く抱き締めてくる黒崎さんは、確実に飲み会後のお父さん状態だった。そんな彼から逃げようと身を捩らせているとまた首筋に吸いつかれ、びくりと肩を揺らしてしまう。しかも今度は場所を変えながら何度も吸われ、舌を這わされて。その度にくちゅくちゅと変な音が耳元で聞こえて、私は徐々に全身の力が抜けていくのを感じた。





『ん、っ……あ、だめ、ッ』


「はぁ……っ、んっ、」


『ひあ、黒崎さ…っ』


「、………好きだ、名無し」


『!!』





なんで。

いつもなら、好きとか言うはずないのに。
私のことを、名前で呼ぶはずないのに。
それも彼が酔っているからだろうけど、なぜかすごく恥ずかしくなった。まぁ、いつもより素直…っぽい黒崎さんに迫られてドキドキしない方がおかしいわけで。

顔に集まる熱をどうにか抑えていると、いきなりぐいっと体を反転させられて、私はいつの間にか黒崎さんと向かい合わせになっていた。見上げると、楽しそうに笑う彼と目があって。その瞳がとても色っぽくて、逸らすことなんてできなかった。





「……こっち、やっと見たな」





そんなの黒崎さんが向かせたんだから当然じゃないですか、なんて言う暇もなくあっという間に強く口づけられてしまう。びっくりして離れようとしても、後頭部にまわった手に押さえつけられているせいで身動きがとれない。口の中にはお酒の味が広がって、なんだかこちらまで酔ってしまいそうになった。しかしそんなのお構いなしにキスは深くなるばかりで、息がうまくできない。


てっきり黒崎さんは酔うと抱きつき魔になると思っていたのだが、どうやらキス魔だったらしい。本当に、酔っぱらいって厄介だ。そう、厄介…なはずなのに。
なぜか、たまにはこんな黒崎さんもいいかななんて思ってしまう自分がいて、私まで酔っ払ってしまったんじゃないかとか、そんなことを考えた。

(……あぁ誰か、)










酔い醒ましをください


(とりあえず、牛乳が飲みたいです)





─ ─ ─ ─ ─



酔っぱらい蘭ちゃんといちゃこらせっせのお話。
とにかくいちゃこらさせたかったのです!

…とか言いながら蘭ちゃんの誕生日に思いっきりケータイをぶっ壊した私。なにやってんだ←







2012.10.21

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