「ごめん、ごめんね……怖い思いさせちゃったよね」
優しい声が耳元で聞こえた。その声と同じくらい、私の背中にまわる彼の腕は優しくて。
「キミを笑顔にするためにこの姿になれたのに。駄目だにゃあ、ぼく」 『………………、』
い、いきなり何言っているんだろうこの人。まったくもって意味不明だ。しかもにゃあってなんだ。怪しすぎる。一刻も早くこんな怪しい不審者から離れなきゃ絶対に危険だ。
……早く。
「お願い、もう泣かないで」 『…………っ、』
頭では逃げようと思うのに、その悲しそうな彼の声を聞いてぎゅう、っと胸が締めつけられた。
どうして、こんなに不安が消えていくの? どうして、さっきまでの涙が嘘みたいに止まってしまうの?
相手は、不審者なのに。 こんなにも心が満たされるのは、どうしてなんだろう。
「……ぼくの話、聞いてくれる?」 『っ、……わかっ、わかったから!離して、くれますかっ』 「あ、ごっ、ごめん!」
しかしいい加減恥ずかしくなってきて、おずおずと不審者の肩を押せば、我に返ったのか慌てて離れていった彼。少し名残惜しいとか思ってしまった私の頭はきっとぶっ壊れているに違いない。ほんとに、何考えてんだ私。不審者に抱き締められて安心してるなんて、いくらなんでも重傷すぎる。今度脳のレントゲン撮ってもらおう。 ……というか、本当にこの男は不審者なのだろうか?先刻までの言動の数々を含め、少なくとも私の想像していた不審者像とは明らかにかけ離れている。まぁ怪しいことには変わりないんだけど。
しかし私の前でちょこんと正座している彼が、とても悪い人だとは思えなくて。 一体、何者なのだろうか。 聞きたいけど切りだす勇気も出せず、なんだか気まずくなって視線を泳がせていると、先に不審者(仮)の方から口を開いた。
「ええっと、改めて自己紹介だよね。ぼくはハヤト。これから一週間よろしくね!!」
天真爛漫な声が響く。なんか今の状況と不釣り合いすぎて、まるで別世界の様子を見ているようで。だからなのか、今の不審者(仮)の言葉を理解するのにしばらくかかってしまった。そしてはっと気づく。この人は今、なんと…………?
「まぁびっくりするよね、だってぼく昨日まで…………って、あれ、ポカンと口を開けてどうしたの?ぼく何か変なこと言ったかにゃ…………?」 『…………あ、ごめんなさい。ハヤト、って、私のぬいぐるみと同じ名前だったから、』 「え?……あ、いや、そうじゃなくてね、ぼくがその“ハヤト”なんだよ」 『………………へ、』
何を、何を言っているのだろう。 ますます思考が追いつかなくなって、おそるおそる顔を上げれば、ばつが悪そうに眉をひそめるハヤトさんと目があう。しかし先に逸らしたのはハヤトさんの方で。
彼の視線は、そのまま左へ移った。 私もそれにつられるように顔を向けると、そこはベッドの上。
ベッドの上には、何もない。
何も………………ない? それは、おかしい。
だって、だってベッドの上には、
「ぬいぐるみ、あったでしょ?」
もう、他のノイズは届いてこない。 彼の声だけが、耳にこびりつくように。
「そのぬいぐるみが…………ぼくなんだ」
不審者の正体は
2013.03.12.
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