翌日、私はうなされていた。 おかしい。この時点で既におかしい。 ハヤトを抱いて寝るという習慣を身につけた私は、今まで目覚めが悪いことなんて一度もなかった。怖い夢だって見た記憶がない。それなのに。
なぜか息苦しい。呼吸が上手くできないのだ。こんなこと、今までなかったのに。……あれか、夢のせいか。大量のハヤトで押し潰されるっていう、とんでもない悪夢のせいなのか。だから夢から覚めた今でもなお息苦しいのか。 ……いや、おかしい。夢から覚めたんだから息苦しい必要なんてないじゃないか。なのに……何この圧迫感。もしかして、ハヤトに締めつけられてる?
いやいや、意味がわからない。どうして私がハヤトに締めつけられるんだ。そもそもハヤトはぬいぐるみじゃないか。どっちかっていうと私が締めつける側だよね。じゃあ私がハヤトを締めつけすぎて息苦しいというわけか?そうか、それじゃあ私が力を緩め……
──あれ? 待て待て待て。またもやおかしい。ハヤトがフサフサしていない……?毛が綺麗でフサフサが売りのあのハヤトが、なんだかゴツゴツして、って……ゴツゴツ?
『……、…………ハヤト、なの?』 「うんっ!ハヤトだよ!!」
頭上から返事が聞こえた。なんだそっか、そりゃあハヤトだよね。寝る時ちゃんと隣にいたもんね。というか、ハヤト以外が隣にいたらおかしいもんね。そっかそっか、ハヤトか。よかった。
………………。
は? 返事?頭上から? いやいやいや、意味わかんないから。ぬいぐるみが喋るわけないじゃん。
……は? え、じゃあ今のは何?「ハヤトだよ」? いやいやいや、今のは鳥のさえずりってやつだよね。うん、そうに違いない。チュンチュンっていうのが、「うんっ!ハヤトだよ!!」に聞こえたんだよね。 あー駄目だ。あの悪夢のせいで聴覚までおかしくなってる。それ以前に頭が麻痺してる。急いで起きて顔洗って頭をスッキリさせなきゃ。さて、そうと決まればさっさと起きよう……っと、その前に。
『んんっ、おはようハヤトー』
ぎゅううう、っと、ハヤトを抱き締める。これも一つの日課……なんだけど、? やっぱりフサフサしていない。 なに?感覚まで麻痺してるのかな、私。 いい加減不思議に思えてきて、閉じていた目をゆっくりと開いた。
なぜか、やけに瞼が重かった。
『…………は、』
そんな眠気眼な私の視界に広がっていたのは、可愛いハヤトの顔ではなくて。 見知らぬ男が一人、こちらを見てにっこりと微笑んでいた。綺麗なラファエルの瞳とぶつかって、思わず息を呑んでしまう。
(──って、お……男ッ!!?) しまった、反応が遅れてしまった。なんで同じベッドの中に男!?しかもかなりのイケメンさん……って、もしかしてまだ私は夢の中なのか!? ……いや、もしかしなくとも夢だろこれは。だってありえないし。イケメンだよ?イケメン。私の隣で寝るのは世界でたった一人、ハヤトだけなんだから。ああもう早く夢から覚めてください。
しかし再び瞼を閉じた私に、コイツはいとも簡単に現実というものを突きつけるのだった。
「おはやっほー名無しちゃん!!!」
声が、聞こえた。 真夏の太陽のような明るい声が、確かに聞こえて。 私の名を呼ぶ声が、確かに頭上から聞こえて。
『………………え、』
ふわりと鼻を掠めたハヤトのにおい。
そこで初めて、これは夢なんかじゃなくて、紛れもない現実なんだと悟った。
『ぎぃいやああああああッ!!!?』
夢と現実
2012.02.21.
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