K

□またいつか
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*TwitterでRTいただいたので書かせていただきます。そして管理人は関西弁分かりません。お許しください。





草薙さんに言われて部屋を片付けていたときのことだった。

「ぁ…」

「八田ちゃん?どないしたん?」

「いや、なんでも…ないっす…」

草薙さんは俺の手に握られた物を見て、少しだけ苦笑いをした。分かっているのかいないのか曖昧な表情で俺の頭をぽんぽんと優しく叩く。

「捨てるん?」

「捨てた方が…いいんスかね…」

「それは八田ちゃんが決めること」

ぐりぐりと頭を撫でながら、草薙さんは微笑んでいた。

「みんな、待っとるで。はよ済ましてこっちにおいで」

1人になった俺は手にしたイヤホンをクリクリと指で弄りながら遠い過去の記憶を探り出した。





バスに揺られる。

隣には線の細い色白の同級生が座っていた。いつからだっただろうか、彼とこうして一緒に登校するようになったのは。

片耳からは流行りの邦楽がアップテンポで流れ続ける。もう片方からは学生の話し声と雑音が聞こえる。彼も同じだろう。無言の2人は1本の細いイヤホンでつながっていた。膝の上に置いた手で軽くリズムをとりながら宙を眺めていた。隣の彼はリズムをとる俺の指を興味無さげに見ていた。

バスがカーブに差し掛かり、彼の身体が傾く。トン、と彼の小さな頭が肩にあたった。

「…ごめん」

何事もなかったかのように彼は頭を元のポジションに戻す。離れていく体温がもどかしかった。触れたい。心の底からそう思っているはずなのに、裏腹な言動は勝手に口から滑りだすのだ。

「別に…気をつけろ」

それから数分もしないうちにさっきとは逆のカーブに差し掛かった。頭を傾ける。暖かい。良い匂いがする。俺はそこから頭をあげることが出来なかった。彼は1回だけコホンと咳払いをしただけで何も言わなかった。

しばらくすると彼はおもむろに口を開いてボソッと呟いた。

「八田…?寝てるのか…?」

その手があったと俺は咄嗟に目を閉じた。

寝ていると見込んだ彼は微妙に傾けられた俺の頭を安定させるように優しく丁寧に自らの肩に乗せた。

鼓動が速くなる。

出来るなら、

ずっと、

ずっとこのままで…

1人優越感に浸っていると、聞きなれない女の声が聞こえた。

「あの、ふ、伏見くん…ちょっといいかな…」

どういうことだ。ここはバスの中だろ。最近の女ってこんなに常識ねえのかよ。第一俺がこいつの…

ぁ、



言ってんだ



別に彼の特別なんかじゃねえだろ…こんぐらいのことで何舞い上がってんだ俺…恥ずい。

タイミング良く、バスはシューっと音をたて、降りる予定の1つ前のバス停に止まった。ここからなら歩いても充分に間に合うだろう。

「あ、あの…」

戸惑う彼を見て一瞬だけわだかまりのような何かが動いたが、俺にはどうすることも出来なかった。

俺は勢いよく立ち上がった。

彼が目を見開く。

クソ、なんでそんな顔するだよ…捨てられる子犬のような目でこちらを見上げられる。俺は流されないように強気で威張った。

「俺なんか邪魔みてえだし、ここで降りるわ。…じゃあな」

吐き捨て、耳から落ちたイヤホンには目もくれずに通路のど真ん中を歩いて行く。ほら、あいつはまた黙ったままだ。引き止めることもしない。横目に、話しかけてきた女が俺のいつもの特等席に座るところを見た。

終わった。

スクバからヘッドホンを出して耳に当てる。

なんだ。

こっちの方が断然楽じゃないか。

気を遣う必要もないし、雑音も耳に入ってこない。

これで、いいんだ。







それからあいつは女のことをフったらしい。勿体ねえよな、人生に2度とあるかもわかんねえのに。必死に俺に言い訳なんかして。まるで浮気が見つかったみてえに。何度も言うんだ。

「八田の側にいさせて」

なんて、まるで告白みたいなセリフを何度も、何度も…。

だからまたしばらくはイヤホン1つで済ましてた訳だけど、それから色々あって、また俺はこうしてヘッドホンを手にしている。

首に掛けてたヘッドホンを外し、そっと撫でた。

俺は吠舞羅の人間だ。

今更あんな裏切り者のことを思い出すなんて…よくこんなんで八咫烏なんて名乗ってたよな…馬鹿みてえ。

その時、ふと背後から声がした。

「八田ちゃーーん」

「くっ草薙さんっすいません!!」

「いやいや、怒ってへんて」

すると草薙さんの後ろからひょこっと顔を出す小さな影があった。

「八田」

「お、おう」

作り笑いで返事をすると、彼女はパタパタと走ってきて、足元に投げられていたイヤホンを手に取り、俺に握らせた。

「無理に忘れなくても…大丈夫。八田…悲しい顔…してる」

「悲しい、顔」

彼女から紡ぎ出される話に耳を傾け、無意識のうちにリピートする。

「今は辛くても、いつかきっといい思い出になるから…それにもしかしたら、「やめてくれ!」

不思議な顔で首を傾ける彼女を勢いで抱きしめていた。

「もう、大丈夫…ありがとう」

涙ぐんだ声で囁くように言った。2人が部屋から出て行ったあとに、イヤホンを丁寧に巻いて小物いれに入れた。

またいつの日か。

君とあの時みたいに触れ合えた時まで。

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