K

□こっち見て
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「ねぇねぇ猿くん〜」

「なんすか」

これは猿がセプター4に入る前の話。

「どこ見てたの?」

そして

「別に」

まだ僕が

「え〜…」

吠舞羅にいて

「チッ…ンだよ…」

まだ僕が

「機嫌悪いなー猿くん」

猿くん呼びで

「…」

まだ僕が

「あ、答えてくれなくなっちゃった。ははっ」

生きていた頃のお話。



猿くんはいつも遠くを見ている。

体はこの場所にいても、心はどこか遠くにあった。

そして何かと八田を気にかけていた。

僕を見るときはいつも邪魔そうだ。

だいたいの新人は少し相手をすれば折れたのに猿くんは違った。

かまえばかまうほどに鬱陶しいような目でチラッと睨む。かといって反抗することもない。

ただただ、八田を見ている。

何を考えているんだろう?

分からない。

こっちを見てくれないからこそ、どうにかしてこちらを向かせたいと思ってしまう。

これが好きっていう気持ちなのかもしれないと思った。

でもどれだけ構っても、更に遠ざかっているだけな気がした。

「ねえ、猿くん?」

「なんスか…」

「また八田のこと、見てるんだね」

ボソッと見たまんまの感想を呟く。
すると、クールな表情をしていた彼の顔に熱が帯びたことが分かる。

「意味、わかんないっす」

「ふふ、」

「…用がないなら話しかけないでくれますか?」

「そんな真っ赤な顔で言うセリフじゃないぞーっ!そんな猿くんに、一つだけ言っておかなくちゃいけないことがあるんだ!」

そう、ただ一言

「最初からそれだけ言えばいいじゃないですか…」

「はーいごちゃごちゃ言わないっ!」

「…」

「あのね、」

たった、

「俺…」

2文字

「…」

言えない

だって。

今言って拒絶されたら、俺はこの後、猿くんとどう接すればいいのか分からなくなるじゃないか。

「やっぱなんでもないっ」

猿くんは目をおっきくして、また八田の方を見た。

「…散々引っぱって」




*猿side*


(…にしても、嫌な止め方をされたものだ。

あれだけ引っぱっておいて言わないとか…気になるし。)


あれから俺は、今まで美咲を見ていた時間の多分2分の1くらいら十束さんを観察した。

特に変わった様子はない。

しかし、意識すればするほどに、彼は俺のことを見ている気がした。

俺は滅多に目を合わせなかったけど、彼は悲しい目をしていた。たまにチラッと見ると、優しい笑顔に戻る。

(悩みでもあるのか…?あの十束さんに…?)

考えよう考えようと思っても、あのノーテンキな人の悩みなんかわからなかった。

そして俺は考えることをやめた。

そんなある日、吠舞羅に少女がやってた。人形、という例えがこんなに合う少女は見たことがなかった。

また十束さんが面倒を見ることになった。だんだんとその優しさに触れて少女の固さはほぐれていったように見てた。

その後、彼女は少しだけ深刻な顔をして十束さんに耳打ちをした。

十束さんは一瞬固まって、それから困ったような笑顔で少女の頭を撫ぜる。

そのまま彼は奥に歩いていって、取り残された彼女は少しだけ悲しい顔をしていた。

好奇心から自然に足が動く。少女の前に立ち止まり、しゃがんだ。そして口を開く。

「なぁ、お前」

言いかけて止まる。彼女は突然赤いビー玉を透かして俺を見た。心の奥が見られているような気分。

「あなたは……」

「どうしたの?」

「あなたはさっきの人のこと、…タタラ??タタラのこと、気になってる」

嘘をつけなそうな純粋な目でそう言われた。俺は呆気にとられてぽかんと口を開く。

「ちょっと待てよ俺そんな趣味」

「嘘は、つけない…あなたみたいな人は、大事なものを失ってからじゃないと気付けない」

「それどういう意味…」

「タタラには口止めされてるから言えないの」

「ったく…あの人はつくづく俺に何にも知られたくないんだな…」

「多分、逆…気付いてほしいんだと思う」

「は…?」

「分かってあげて、タタラのこと。私にはどうすることも出来ない。時間がないの。この吠舞羅を抜ける前に、彼と向き合ってあげてほしい。」

ギョッとした。

「俺、そんなこと誰にも言ったことないんだけど…」

「でも、思ってるんでしょ?」





俺は何も出来ないまま、月日だけが過ぎていった。






気付いたら、もう十束さんはいなかった。





笑っても、からかってもくれなくなってしまった。





冷たい。






その肌に触れると熱いものがこみ上げた。





なんだよ…





ーーあなたみたいな人は、大事なものを失ってからじゃないと気付けない





「うるせぇ…」





本当に、気付かなかったんだ。

バカだよな、俺。





「おい猿」

ふいに呼ばれて顔をあげると、美咲が泣き腫らした目で俺にビデオテープと手紙を渡してきた。

「これ…」

「十束さんから。これ全部お前宛てらしい」





『あーーーあーーーっ入ってるね、ありがとうアンナ!』

ああ、懐かしいこの声。ビデオテープにそっと耳を傾ける。

『えー、猿くん…って呼ぶのはナシだったんだっけ??伏見…いや、今回だけは猿くんと呼ばせて。』

んなの、あんたがいない今気にしねーよ…

ずび、と鼻をすする。

『このビデオ見てるってことは…もう俺いないんだねっ…あーみんなスッキリした顔してるんだろうなぁ…』

そんな顔してる奴いるわけねえし…

『結構前に…覚えてる?俺が猿くんに言いかけて止めた言葉』

それが原因であんたのこと気になって仕方なくなったんだよ。

『あのね、やっぱりあれちゃんと言わないと気が済まないから言うね。こんな状況で言うのは逃げかもしれないけど……俺、猿くんが好きなんだ。』

目を見開いた。

『まあ君はまだ八田が好きなんだろうけど!』『なんすか?』『いや、呼んでない』

この人はいつもズルい。

もう目から流れ出るものを止めようとはしなかった。

『でも、あー、スッキリした。君に拒まれるのが怖かったから、あえてこうやって伝えることにしたんだ』『タタラ、時間』『あ、ごめんねアンナ!じゃあこのくらいで』

手紙も見事に全部俺宛て。

気恥ずかしくなるような文章がたくさん綴られていた。

この人はこんなに俺を思ってくれていたのか。


やっぱりこのクランにはもういたくないな。

あの人のいない吠舞羅は生態系と一緒でバランスが崩れてしまうだろう。

八田にも、俺はもう必要なさそうだ。





俺は十束さんの残してくれたモノを鞄につめた。そしてゆっくりとBARを後にする。





「さよなら、俺もスキだったよ…十束さん」





彼の言えなかった一言だけ残して。
 

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