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□聖なる日
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それは昼飯を食っていた時のことだった。
目の前を女性を思わせる美しい黒髪がなびいた。そして俺はその後ろ姿を知っていた。
すぐに箸を投げ、金をカウンターに置いて「ごちそうさま」と早口で言った。
ゆっくりと歩くその影を静かに追う。
こと人通りの多さだと、気付かれることはないはずだ。
すると唐突に彼の懐から何か黒っぽい箱のようなものが落ちる。気付かずに歩き進む前方のヤツを不審に思いながらそれを拾い上げて声を張った。
「おい黒犬!!」
反応がない。
「黒犬ってば!!!」
肩を叩くとゆっくりと振り返ったが、その顔を見て俺は驚愕した。
真っ赤に泣き腫らした目。だるそうな顔。
さすがの俺もこんなヤツを攻撃する人間ではないし、大体こいつは戦う気ゼロだ。
「お、おい…黒犬……?どうしたんだよ」
「確か周防尊のところの…」
「八田美咲だよ」
「俺のこともクロと呼べ」
こんなやつと長話する予定なんかなかったから手っ取り早く用事を済ませる。
「お前…クロ、これ落としたぞ」
その箱のようなものを差し出すと、クロの顔はみるみる青くなっていった。
「俺の………主!!!!」
「…は?」
どうやらこの箱はカセットみたいなものらしい。死んだ一言様の言葉が入っているとかなんとか。まあ関係ないが。
「押してみていいか?」
「だめだ!!」
「拒否早い」
「今日は…押さない。クリスマスの日の一言様のお言葉は決まっているのだ。俺はそれを聞きたくない」
「なんだよ余計気になるじゃねえか」
「やめろ返せ」
「やだね」
軽く一つのボタンに触れた。
“聖なる日 恋人たちの 紡ぐ愛”
「……気持ち悪いなお前」
「勝手に鳴らしておいてなんという無礼な言葉!」
刀を抜こうとする手を掴んだ。
「お前が気持ち悪いってだけだから」
「俺か」
クロは刀から手を引いた。
彼は毎年のクリスマスに決まって一言と夜を共にしていたという。一言が死んでからというもののクリスマスを共にする相手を失ったクロは行き場をなくしていたのだ。
というかコイツはこういう系統なのか。
ホモ…とかいうアレ?
「…なんか悪いな」
「さっきのはお前に対しての一言様からの温かいお言葉だから大事にしろ」
「は?俺?」
「俺はこれから主の温かいお言葉をいただくからな」
言ってることがめちゃくちゃじゃねえか。
「恋人は…宗像礼司のところの…」
「それ猿じゃねえか。違う」
「猿…?別に俺は特定していないぞ」
しまった、失言。
話を逸らさなければ。
「しっかしアレだな!お前の主はきっと喜んでるよな!!死んでからずっと引きずる奴なんてそうそういないぞ。そんなに大事に思ってくれる奴がいるって嬉しいもんだぜ?分かるか?」
「…!八田っお前…!」
突然抱きしめられる。
「!?…!???」
「そう言ってくれたのはお前が始めてだ!!クランは違えどお前とはいい友達になれそうだ!」
泣きそうな声を出してすがりつかれてしばらく動揺していたが、落ち着いて考えてみるとコイツから逃げるタイミングなのではないかと思う。
「悪い…クロ、俺時間がねえんだ」
「!そうか…引き止めてしまって悪かったな」
「いやいや、んなことねえって!」
その後少しだけ声のトーンを下げて言う。
「次会う時は敵同士だ、忘れんな」
「ああ、分かっている」
そうだ、これでいい。これで俺は尊さん達のところに帰ろう。
なんか急いで昼飯まで途中で投げて追いかけてきたのにからぶったな。まあいっか。案外フツーの奴だな黒犬は。
別れの挨拶くらいしようか。
チラ、とクロの方を見た。
「じゃ、じゃあn
唇に何かが触れた。
見覚えのある黒い髪が頬を掠めてシャンプーの香りを漂わせる。ほんのりと味噌の香りもした気がしたのは気のせいだろうか。
くすぐったい…
長いまつ毛が視界の中にチラつく。
その美しさに一瞬見とれてしまった。
俺多分今目が半開きだ。
ハッとして夢の世界から覚めたような気分になった。
これは
キスじゃないか!!
冗談じゃない!こいつは敵だ!つか男だ!!
そういえばコイツホモか!
ゆっくりと顔を離す相手は目を開けた。
「メリークリスマス」
end