K

□名前で呼んでんじゃねーよ
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「なんなんだお前!!」


なんでこんなことに。


「美咲が逃げるから追いかけてるんだけど」


自慢のスケボで勢いよく細い路地に滑り込む。


「速いね〜美咲ィ」


楽しそうな声とともに人間とは思えないスピードで、変態がその後を追った。


「気持ちわりーな相変わらず!」


「美咲に言われるのは褒め言葉にしかきこえない」


話にならないというか、なんというか…くだらない会話は秒速の世界で行われていた。


逃げていた方の体力は限界に近づいていた。それでも追いかける変態は相変わらずのスピードでこちらへ向かってくる。


大通りに出たところで、逃げていた八田はブレーキをかけた。追いかけていた変態、猿比古もそれに合わせてスピードを落とす。

なんてことはない、人通りの少ない路地よりもこちらの方が身の安全を確保出来ると思っただけだ。

通行人は一瞬驚いたような顔をするが、すぐに何事もなかったかのように通り過ぎて行く。


「なぁ美咲ィ。こんなとこ来たって誰も助けてくれるわけねーじゃん?ていうかなんで逃げんの?」


「な、んで、って」


呼吸が整わない俺は途切れ途切れに言葉を紡ぎだそうとしたが、口が上手く回らない。


「あれぇ?説明できないんだ美咲ィ」


猿比古がゆっくりと口角をあげる。


「……お前のことが嫌いだから」


精一杯に酷いセリフを言ったつもりだった。

しかし目の前にいる男は表情一つ変えず、むしろある意味火に油を注いでしまったかと錯覚させるような、快感に満ち溢れた顔をしていた。


「そそるな〜…美咲ィ…」

「!?」


驚く八田の頬をゆっくりとなぞり、その小さな頭を自分の方に引き寄せる。そして彼はボソッとつぶやいた。


「嫌よ嫌よも好きのうちって知ってるよなぁ?」


どこまでプラス思考なんだこの変態。


頭の中でそんなことを考えながら猿比古の体を押し返した。

そしてチラッと彼のセプター4の隊服を見て、すぐに目をそらした。


「お前こんなとこで俺と慣れあってていいの?」

「さぁ?まあでも一応副長には伝えて来たから平気」


ちくしょう、と思いながら舌打ちをしたが、すぐにその猿比古の言葉に違和感を感じる。


「え?お前の副長…あ、淡島?お前が俺のところに行くって言っても何も言わなかったのか?」

「言わなかったけど?」

「意味わかんねえ…」


俺はケータイを取り出して新着メールの受信をした。するとやはり一件、猿比古の副長である淡島世理からのメールが来ていた。

だいたいこの人からメールが来るのは猿の相談があるときだ。

俺は一度猿をかくまってやったことがあり、その後しばらく猿の機嫌が良く仕事も効率良くこなしてくれたらしいと草薙にきいた。

そして草薙に淡島のメールアドレスを渡され、時々助けになりたいそうだ、と、これもまた草薙に言われた。

あの2人って結局なんなんだと意味のないことを考えながらメールボックスを開いた。

内容は簡潔に書かれていた。

最近猿があなたとのノロケ話ばかりしてきて邪魔だから、たまには相手をしてやってくれるかしら?

ってこれ淡島の私情じゃねえか!


仕方ない、と八田はケータイから顔をあげた。すると前方にいたはずの猿が見当たらなかった。しまった、と思った時にはもう遅く、身体がフワリと宙に浮いた。

さっきよりも明らかに機嫌の悪い顔をした猿が俺を俗に言うお姫様抱っこをしていた。

そして、少しすわった目をした猿は薄ら笑いを浮かべて俺に言った。


「敵とこっそり慣れあってていいの?お前の大好きな尊さんがきいたら怒るだろうなぁ〜?」


やべえ、淡島とのメール見たのか。


「お、お前まさか…や、ヤキモチとか」


話をそらそうとすると、猿は見下した顔で言った。


「ヤキモチ?…そんなんじゃねえよ。お前自分を過大評価しすぎなんじゃねーの?美咲」


俺は返す言葉もなく、恥ずかしさのあまり真っ赤になった顔を猿の胸に埋めた。

匂いは変わらないんだな〜、なんて考えながら。

しばらく無言で猿に無抵抗でいたが、その空気に耐えられなくなったのか、猿が不意に口を開く。


「今の美咲は甘えたい気分なの〜って言えよ」

「アホか」

「ごめん聞かなかったことにしといて。なんでもいいから喋れよお前」

「意味わかんねえよ」

「言ったら解放してやるよ」

「……今の美咲は猿にすっごく甘えたい気分なの…だからもう少しこのままでいてほしいな……ほら早く離せ、クリスマスプレゼントってことでアレンジしてやったぞ」


顔の火照りが冷めてから猿の顔を見ると、口をあんぐり開けて気の抜けた表情をしていた。こんな顔を見るのは久々だ。


「おい猿!!」


いい加減イライラしていた俺は大きな声で怒鳴った。

すると弾かれたように反応した猿が珍しく顔を赤くして俺の目を見つめた。

しまった、嫌な予感しかしない。


「ごめん美咲……お前のこと…離したくなくなった」


ほら見ろ。


猿は普段が普段だからこうなると俺も言い返しがしにくくなってしまう。

仕方ないな、と心の中でため息をつく。まぁ俺も少しからかいすぎたかもしれないし。


「…じゃあ今年はいつもみたいにクリスマスにメールしてやんねえからな」



気付いた時にはもう朝で、眩しく差し込む朝日で時計の針が10時をさしているのが見えた。


草薙さん、怒ってるだろうな…



立ち上がろうとすると腰に手を回され、強制的に布団の中に引き戻された。

その手を無理矢理払い、俺は布団から飛び降りた。


「クリスマスは終わった。よってクリスマスプレゼントも終わりだ。…じゃあな」


素早く服を着て、振り向かないようにドアを開ける。


するとすぐ後ろの方から声がした。



「やっぱり…そんなところも美咲なら、全部愛しい。美咲ならなんでもいい。美咲ならどんな姿でも愛してる。」


耳に息がかかる。


どれだけ素っ気なくしてもこいつには何も効かない。

きっとどんな俺も愛してくれているから。

だけど、もうお前に返事する義理もねえよ。

ただ一言だけ言わせろ。


「名前で呼んでんじゃねーよ」


すぐにドアを開ける。


きっと彼は笑っていたのだろう。


少しだけ身体を震わせて、あの人がいる場所に帰る道を歩く。


「やっぱり尊さんのがいーや…なよい猿と違ってかっけーもん」


end
 

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