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□今日は君がお姫様
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「那緒ちゃん、明日の午前中用事ある?」

突然、時雨からの電話。
突拍子もないのはいつもだが、今日もか。

「いや、昼間は特に…」
「じゃあ、一緒にお出かけしよ!」
「え、」
「…嫌?」

くそ、電話越しなのに犬耳が垂れてるのがわかる…。
断り切れない…まあ、断る理由もないけどな。

「そんなわけないだろ、」
「ホント!?じゃあ、明日の朝、駅前ね!」
「ああ、わかった」

切れた携帯を見つめる。
めちゃくちゃ声が嬉しそうだった。
なんでああも可愛い生き物がいるのか、理解に苦しむ。


翌朝、駅前に指定時間より少し早めに行くと、もうすでに時雨は待っていた。
格好が、いつもよりもかっこいいめの服装。
ライブの時に来てるような、ロック系。

「早いな」
「那緒ちゃんもだよ?まだ15分前なのに」
「…そういうお前はいつからいるんだ」
「ふふ、内緒」

いつもよりも高い位置で束ねた髪が揺れる。

「じゃあ、ちょっと予定より早いけど、行こっか」
「行くってどこに、」
「ん?それは内緒」

時雨は俺の手を引いて、歩き出す。
いいのか、手、繋いでて。

「時雨」
「なにー?」
「手、いいのか?」
「ごめん、駄目だった?」
「俺がっていうよりは、お前が…」
「大丈夫だよ」

本当かと疑問になる。
確実に豪炎寺が煮えたぎるだろうに。
時雨はショップのたくさん入ったビルに入っていく。
着いたのは俺とは真逆の洋服の置いている店。

「時雨」
「はーい?」
「どういうつもりだ?」
「こういうつもり」

既に店員には話が通っているのか、俺はぽんと背中を押された。
一歩踏み出す形になり、あれよあれよという間に店員に奥へと連れて行かれた。
一瞬振り返ると時雨はにこっと笑って手を振っていた。
全然意味がわからない。


あっという間に着替えさせられた。
さすが、と言うしかない。
スカートを拒否するのをわかっていたようにゆったりとしたサロペット。
白のインナーに、ショートブーツ(裾は少しまくっていて、足が少し見えている)、ネックレスも飾りが大きめで、最後に帽子。

「お会計はいただいてますので、どうぞー」
「え、い、いつ…」
「それは内密に、とお連れの方に口止めされてますので」

店員さんはにこりと微笑んでそう言うと、俺は入り口まで連れて行かれた。
今日はまったくもって主導権がない。

「時雨、ホントにどういう、」

俺が言いかけたその時、ばっと差し出されたのは赤やピンクや黄色の色とりどりの薔薇の花束。

「ハッピーバースデー、那緒!」
「…え、」
「ふふ、油断してたでしょ?」

悪戯っぽく笑う時雨が、どことなくかっこよく見える。
でも、言わない。
恥ずかしい、そんなの。

「他の人もお祝いしたいんだろうなあと思って、あえて午前中の時間をもらったんだ」
「…じゃあ、これは、」
「全部オレからのプレゼント!」
「こんないっぱい貰えな…」
「そんなこと言わないで?折角の誕生日なんだもん」

優しく微笑う、その笑顔はいつもの可愛い笑顔で。
なのに、言葉はいつもより男気を感じる。

「今日は君がお姫様!さあ、お手をどうぞ。送ってくよ」
「……」

なんだか、少し照れくさくて、俯いて黙って手を取った。
くすっと時雨が笑ったような気がする。
もう、お前は本当にずるい。
色んな面持ってて、それを普通に使って接してくるの…本当にずるい。

「…俺が、姫なわけないだろっ、」

くそ、絶対顔赤い。
なのに、お前の嬉しそうな足音を聞いて、満たされた気持ちになったんだ。
ありがとう、今日だけ俺の王子くん。





たまにはお姫様だっていいじゃない





(ホント、可愛いよー)
(それ以上言うな)





fin

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