一話物語

□美術部部内事情
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はい、はっきり発した声を、どこか他人事のように聞いた。


あんなに絵を描くのが好きだったのに。

毎日部活に行くために学校に来ていたようなものだったのに。

ここ最近は筆を持つのも、真っ白なキャンバスの前に座るのも、部員に会うのも、部内の恋人に会うのも、なぜか怖くて仕方なかった。

このまま部活に居座る度胸なんて、俺にはなくて。


でも先生は、退部したいと言っても、分かったと返事してはくれなかった。


「南波くん、明日部活に顔を出してください。それからまた話しましょう。」


穏やかな表情を崩さない先生に、初めて怒りを覚える。

殴ってしまいそうな衝動を抑えるために強く拳を握り、無言で教務室を出た。



次の日の放課後、俺は美術室のドアの前で迷っていた。

先生はあれで頑固だから、きっと部活に顔を出さない限り、辞めさせる気はないんだろう。


覚悟を決めて静かにガラリとドアを開くと、美術室特有の絵の具とか、紙とかいろんなにおいがした。

いつもはにぎやかに絵を描いてるのに今日は静かで、不思議に思い一歩踏み出すと、後ろから強く押された。


「うおっ。」


転ばないように体勢を立て直すと、ガチャンと静かに鍵をかける音が響く。

中で部活はしていない。


「心、俺に相談なしってどうゆうこと?」


そう声をかけられて慌てて振り返ると、夏木さんがこちらを睨むように見ていた。


夏木さんは一つ上の先輩で、美術部の部長で、俺の恋人だ。

男同士、そのせいで堂々と恋人らしいことなんてしなかったのに、先生は気付いてたみたいで。

恋人だし部長だから、俺が退部しようとしてるって、夏木さんにだけ言ったんだろう。


「ごめん、なさい、なつ…、理一さん。」


二人の時は下の名前で。

そう約束していたから、夏木さん、と言おうとすると睨むような目がますます鋭くなって、慌てて言い直した。


理一さんは軽い多重人格だと思う。

いつもは無口でポーカーフェイスだけど、二人になると途端にスラスラ喋るし、表情も豊かに変わる。

いじわるな時もあれば、めちゃくちゃ甘い時もあって、感情の起伏だって結構激しい。

俺にだけ見せてくれてると思うと嬉しいけど、今回は目付きを見る限り、だいぶお怒りの様子。


「辞めんの?もうすぐ俺が引退すんのに?」


キョロキョロ目線をさ迷わせていると、低い声が耳に届いた。

頭が言葉を理解する。


そうだ、三年生はもうすぐ引退の時期なんだ。


「これから全然会えねーって分かってるわけ。」


先輩達は受験が始まるから、引退したら美術室に来ることはなくなる。

もうすぐ、理一さんに全然会えなくなる。


「描きたくなくたって、辞める必要はないだろ。来て誰かの絵見れば、描きたくなるかもしんねーじゃん。」


理一さんがいない美術室。

そこに俺が描きたいと思うものなんてあるんだろうか。


「どうしても辞めたいっつーなら、せめて俺が引退するまで、…って心?」


描けない理由が今分かった気がした。

本人は知らないと思うけど、俺のスケッチブックはいくら変わっても必ず理一さんがいて、俺が描く作品の人物は全て理一さんがモデルで。

理一さんは俺が絵を描く原動力なんだ。


毎日部活に来れば会えていたのに、もうすぐほとんど会えなくなるって分かった瞬間、俺は絵を描かないことで現実から逃げようとしたんだ。


ぼろぼろと涙が零れる。


「悪い、心。別に無理強いしたいわけじゃ、」

「俺、絵描くの好きだけど、理一さんがいなくなったら、描けないです…っ。」


手のひらでまぶたを押さえるけど、涙は全く止まらない。

理一さんが狼狽えてるのがなんとなく分かった。


「理一さんと絵を描くのが好きだから…、だからっ、」


だから、その先はなにを言おうとしたのか、自分で分からなかった。


ノドの奥が苦しくなって嗚咽が漏れる。

思わず座り込んで、収まるのを待とうとすると、優しく頭を撫でられた。


「ありがとう。俺も心と絵を描くの好きだよ。これから一緒に描けないの辛い。」


宥めるような優しい声。

俺の頭の中はぐちゃぐちゃだったけど、もらった言葉が嬉しくてますます涙が溢れる。


「心には言ってなかったけど、俺美大受けるんだ。心が同じとこ来てくれたら、また一緒に絵描こう?」

「、っうん。」

「それまでは、とりあえず一緒に居よう。俺達、絵描き仲間だけじゃなくて、恋人なんだから。」


返事が声にならなくて、コクコクとひたすら頷く。


たった一歳しか変わらないのに、理一さんはこんなに大人で、俺はこんなに子供で。

自分が情けなくなった。


「理一さん、ありがとう。大好きです。」


号泣したあと、鼻声になりながらやっと言葉を発すると、理一さんは柔らかい笑顔をくれた。


「俺、理一さんが引退しても、ちゃんと部活続けます。」


目を見てそう言うと、嬉しそうな笑顔と声で、そっか、と返事が返ってきた。


「絶対同じ美大行きます。だから、待っててくださいね。」


そう言って理一さんの頬にキスをした。


頑張ろう。

大好きな人の傍で、大好きな絵をずっと描いていくことができたら、俺はきっと誰よりも幸せだから。




美術部部内事情




「俺が副部長!?聞いてないですよ先生!」

「夏木くんからの推薦です。部内で反対意見は出てないですから、頑張ってくださいね。」

「…夏木さんひどいぃっ。」




退部志願者から副部長に昇格




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頭がぐちゃぐちゃになりながら書いたので、だいぶ長くなってしまいました。
僕は結局なにが書きたかったのか…←

130317

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