一話物語
□遠恋の始まり
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「伊織、」
新は泣きそうな顔で、俺の名前を呼んだ。
電車が来るまで、あと五分。
「いつでも帰ってこいよ。」
なんかあったら連絡しろ。
愚痴でもなんでも、聞くだけ聞いてやる。
そう言うと、新は嬉しそうに笑った。
「ありがと、伊織。」
新はこの土地を離れることを、俺と離れることを、最後まで躊躇っていた。
背中を押した、なんて大層なことをしたつもりはないけど、頼ってくれて、俺の言葉で決意を固めてくれたのは嬉しかった。
もちろん、寂しくないと言えば嘘になる。
だけど信じてるから、きっと大丈夫。
ニッと笑って見せると、新は視線を落として、俺の手を両手で緩く握った。
そして上目がちに視線を上げる。
「う、浮気しないでね?」
「するわけねーだろ。お前も、浮気なんかすんなよ。したら無理矢理にでも連れ戻すからな。」
「えー?怖いなぁ。」
ふにゃっとした情けない笑顔。
空いてる手で少し乱暴に頭を撫でると、今度は楽しそうに声をあげて笑った。
俺も撫でるのを止めて微笑む。
そろそろ電車が来る頃。
線路のほうに目を向けると、小さく名前を呼ばれた。
「どうした?」
「えっと、…好き…だよ。」
「…ん。俺も好きだよ。」
電車が近付く音がする。
繋がれたままだった手を引き、強く抱き締めた。
次はいつ会えるか分からない。
だから会えた時は、抱き締めて、笑い合って、そしてたくさん好きを伝えよう。
電車がホームに入ってくる前に離れる。
「お互い頑張ろうな、新。」
新は力強く頷いて、到着した電車の中へ入って行った。
閉まったドアの向こう側、きれいに笑う新の目には、涙が浮かんでいた。
俺は泣いてしまわないように、ニッと微笑んだ。
遠恋の始まり
(行ってきます、伊織…。)
(いってらっしゃい、新。)
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別々の進路とかでこれから遠恋の人達もいるんだろうな、と思いできたもの。
気付いたら表情の描写がたくさん入ってました(笑)
130314