ゆめめめーん

□挨拶代わりの暴言
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桃源郷。名前の通り桃の木が沢山生えているココは、なんとなく甘ったるい匂いが漂う。不快に感じ、無意識に眉間にシワを寄せた。

鬼灯の遣いで極楽満月にやってきた私は、扉の外でも匂う女物の香水の香りに更に表情を歪める。桃の匂いと嫌なタッグを組んでくるこの匂いは私の鼻を潰すためにやってんのかこら。

募ってきたイライラを吐き出すようにため息をついて、扉を開けようと手を伸ばした瞬間。


バン!と、ものすごい勢いで開いた扉の向こう側にいたのは、これはまたすごい血相のお姉さんだった。


「〜っ!白澤さまの、ばか!!」


そう捨て台詞を吐いて、脱兎の勢いで走り去って行った。

一連の流れを眺めたあと中をのぞき込むと、そこには痛そうに頬を抑える白澤さんと呆れ顔の桃くん。


「あ、名無しさんちゃん。薬もらいにきたのか?」
「うん、鬼灯のパシリ。よろしく桃くん」
「! 名無しさんちゃぁ〜んっ」


私と桃くんのやりとりを聞いたのか此方に視線を向け、ガバッと抱きついてくる白澤さんに冷たい視線を送る。


「寄るなクズ触るな不細工」
「そんなこと言って〜抵抗しないってことは嫌じゃないんでしょ?」
「白澤さんに触れる面積を少しでも小さくするために動かない方が得策なの」
「え。それって舐めまわしてもいいってコト?」
「死ねよカス」
「か、カスは酷いよ…」


おろろと泣き真似をしながら離れていったクソ爺を無視して、店内へと入る。

先に店に入って薬の準備をしてくれている桃くんをぼんやり眺めつつ、カウンターに座った。


「ところでさ、なんで名無しさんちゃんは白澤様になびかないんだ?」
「え?」
「いや、だって白澤様があそこまで積極的に誘う女の人って名無しさんちゃん位だろ」
「そうなの?」


棚にあった薬が詰められた薬を受け取る。


「そうだよ」


いつの間にか復活した白澤さんが、後ろからぎゅっと私を抱き締める。

「それは迷惑な話で」
「またまたぁ〜照れちゃって☆」


ツンツンと、頬をつついてくる彼の指。ふとその指にそっと触れて優しく握ると、桃くんのギョッとしたような表情と白澤さんの意外そうな声が聞こえた。


「名無しさんちゃんついに僕のこと…!わかった。でもココは桃タローくんがいるからアッチで…」




ボキッ




「ったああぁぁああ!?」
「白澤様…指が曲がってはいけない方向に曲がってますよ…」
「冷静に分析しないで!」


我ながら見事なり。
指を逆に折り、痛みで悶絶しながら離れていった白澤さんを無視して桃くんに薬の代金を渡す。


「や、あの…いいの…?」


ひきつりながら白澤さんを指差す桃くんに、「いいんじゃない?」と一言返せば、何も言ってこなくなった。

用は無くなったので店から出ようとすると、桃くんが「名無しさんちゃん、」と呼び止める。


「うちの店主が本当に迷惑かけてごめん」
「嘘でしょ桃タローくん!?流石にやり過ぎとかじゃないの!?」
「桃くんは悪くないから気にしないで。じゃあね、また来るよ」
「名無しさんちゃんっ今度は指折られた位じゃ引き下が…」





バタン。





「…途中なのに閉められた…」
「なんか、師として仰ぐ白澤様に言っていいのか分かんないんスけど、…ドンマイ」
「名無しさんちゃーんっ!」




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「あれ?」


淫獣を撃退して無事に薬を地獄に持って帰ると、ばったり鬼灯と会った。


「なにしてんの?」
「仕事が早く終わったのであなたを迎えに来たんですよ」
「へぇ」


気持ち悪っ。


と思った言葉は何をされるかわからないのでそっと飲み込んだ。ちょうどいいやと貰ってきた薬を渡すと「ありがとうございます」と受け取った。


「ところで。今日もあの淫獣に絡まれましたか?」
「絡まれるもなんも。ベタベタベタベタ触ってきて本当に鬱陶しい限りだよ」
「まあ通常営業だったわけですね」


いつものように、無表情に言う鬼灯に「そうそう」と相槌をうつ。


「私が行った時もさ、女の子が怒りながら飛び出してきて。ほんっと白澤さんて何考えてるかわかんないクズだわ」


思わず店先で起こった出来事も話してしまった。誰かに伝えたかったこのイライラ。興味はなくとも鬼灯なら話くらい聞いてくれるだろうと思って。




「はて…こんな言葉はご存知ですか?」




聞いてくれなかった。


まあいいかと鬼灯の言葉に首を傾げて「なに?」と続きを促す。


『ツンデレ』


「知ってるけど…それがなに?」


まさか10割ツンの人に聞かれるとは思わなかった。それでも、話の意図が読めないので更に首を傾げる。


「名無しさんのアイツへの言動を聞く限り、あなたはツンデレのような気がします」
「ツン…デレ?」


いつデレたんだろうか。
身に覚えがないためぽかんとしている私を置いて、スラスラと鬼灯は語り出した。


「まず白澤さんに対する暴言。これは照れ隠しと思われている可能性大です」
「何を根拠に…」
「黙りなさい」


頭に綺麗にチョップが入ったので大人しく話を聞くことにした。


「そして抱きつかれても嫌がらない態度。男なら誰しも脈ありだと思うでしょう」
「鬼灯思うの?」
「もちろんです(裏声)」

なんだその声。


これは鬼灯の悪ふざけだなと思いながらも、飽きるまで付き合わないと面倒くさいので「そうなんだ」と返事を返す。


「つまりですね」
「うん?」
「あなたはあの淫獣にあろうことか猛烈に求婚アピールをしているんです」
「なんだって」


猛烈に話がぶっ飛んでいる。

ノったフリをしたのはいいものの、ここまでくると鬼灯はきっと嫌がらせの如く言いくるめてくるに違いない。

そう思った私は適当に「わかった、」と話をまとめる。


「これから極端に嫌がるんじゃなくて、リアリティ溢れる嫌がり方をすればいいんだね」
「はぁ…全然わかってないですね。今まで地獄で何を覚えてきたのか」


やれやれと首を振る鬼灯に若干青筋が立ちそうになったのは秘密だ。


「いいですか。ここまでくれば裏の裏を突くんです。あ、突くとはそういった意味では」
「黙れ」
「結論から申し上げます。淫獣に抱きつきながら暴言を吐くのです」

「はあ?」


訳が分からない鬼灯の発言に思わず眉間にシワを寄せた。そんな私をチラリと横目に見れば、急にグイッと手首を引っ張り私が今まで歩いてきた道を歩き出す。


「えっ、ちょっと鬼灯!?どこに行くの?」
「決まっています。桃源郷ですよ」
「桃源郷?なんでわざわざ…」


あからさまに嫌な声色で答えた私が気に入らなかったのか、ミシ…と骨がしなるくらい手首を握る手の力が強くなる。


「行きますよ」
「……はい」


有無を言わさずとはこのことだな多分。
仕方なく私は彼に手を引かれ元来た道を戻った。

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極楽満月入り口前。


「…何したらいいの」
「まずは挨拶ですね。白琢さんに会ったら彼より早く抱きついて思う存分罵倒してください」
「で?」
「その後は流れに身を任せましょう。きっと白琢さんはショックで動けないでしょうから、そこで畳み掛けるようにこう言いなさい」

『あんたなんか全然好きじゃないんだから』


無表情で言われてもぴくりとも動かない台詞を淡々と吐く鬼灯に、「あのさ、」と最初から思っていた疑問をぶつける。


「これわざわざする必要あるの?」
「私が楽しければ必要ですが」
「…さいですか」


コレ以上抵抗しても無駄だと悟り、私は言われたとおりに極楽満月の扉を開けた。




「あっいらっしゃー…名無しさんちゃん!?えっなんで?もしかして僕に会……名無しさん、ちゃん?」


無言でヒシッと彼に抱きつく。鳥肌とかこの際無視だ。驚いて言葉が出ない彼を見上げて口を開く。


「この色ボケ男が!」
「えぇ!?」


案の定怯んだ白澤さんを見て、今まで黙って見ていた鬼灯が私の後ろで叫ぶ。


「いいですよ名無しさん!もっと罵詈雑言を浴びせなさい!」
「はっ!?お前、何言ってんの!?」
「クズ野郎!甲斐性なし!」
「え、ええーっ?」


こうなってしまえば鬼灯の言うとおりにして早く茶番を終わらせるしかないとふんだ私は、白澤さんの身体によりぎゅっと密着する。


「違います名無しさん!引くのです!」


…めんどくせーなあの鬼神!

それでも言い返せば永遠に茶番は終わらない。指示通りに白澤さんから離れると鬼灯が次の指示を言い放つ。白澤さんは一連の流れについて行けずポカンとした表情を浮かべている。


「そこで少し恥ずかしそうに眉を釣り上げる!」
「…(…こう?わかんねー)」
「そこであの台詞です!」
「…あんたなんか全然好きじゃないんだからっ…」


勢いで言ったものの恥ずかしいことには変わりなく。白澤さんの様子を伺うためにチラリと顔を上げると、何故か顔を真っ赤にして口をパクパクしている彼が目に入る。

私は小声で鬼灯の名前を呼んだ。


「…鬼灯、これは逆効果というものじゃ…」
「はて…私は仕事が残っていますので帰りますね」




…チクショーッ!













挨拶代わりの暴言
(名無しさんちゃん…僕、本当に嬉しいよ!)
(悪ふざけだからっ!止めろ抱きつくな!)
(名無しさんちゃん大好き!)
(チクショーッ!)

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