ゆめめめーん

□誘発。
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仕事から帰った私は、シャワーを浴びてそのままベッドに横になった。


「なんなんだろ…」


鬼灯さんの言葉を思い出す。




『何か思い出しました?』




「…知ってんのかな、夢のこと」


見透かしたようなあの口調。
キライな癖にやたらと白澤さんの事をきいてきた こと。
知らない記憶が甦ってくる感覚。


偶然とは思えないくらいにわいてくる一つの確信。




きっと鬼灯さんは何か知っている。




それでも、それが何なのかを尋ねる勇気は私には無かった。


もやもやとしたまま枕に顔をうずめる。
生憎、何か食べようという気も起こらなかった。


「…寝よ」


どうせ明日から4連休だ。ご飯を食べる時間なんかいくらでもある。

日の落ちた夜は肌寒い季節になった。毛布を被って、私はうとうとと意識を手放した。


















「…よ!……も、…う、な!ばか!」


バチーン!


女性のヒステリックな声と、盛大なビンタのような皮膚を叩く音に私は思わず目を覚ました。時計を見ると二時間くらい寝ていたようだった。つまり夜中。

夜中に喧嘩なんか迷惑な話だ。しかもアパートで。
しばらく女性の声は聞こえていたけれど、相手の反論の声は聞こえない。
一方的に怒られているようだった。

…いや、もしかしたら刺されてたりすんのかも。そうでなくとも、意識がない状態とか…?


一度考えたらそれしか考えられなくなってきた私は、いらぬ心配と思いながらもベッドから起き上がった。いそいそと玄関に向かい覗き穴からそっと外を覗いた。

物凄い剣幕の女性がズンズンと歩いて踊場を出て行く姿が丁度見えた。
なるほどこの人が怒鳴ってたな多分。

女性が見えなくなるとそっとチェーンを外してガチャリとドアを開けた。


…生きてますように。


ゆっくりと踊場に視線を向ければ、何故か頬をさすりながらバツが悪そうな表情の白澤さんがいた。




……え?




「…あの、」
「ん?ああ、ごめんねうるさ……名無しさんちゃん!?わわ!え、なんで?え、見てた!?」
「や、あの、うるさいんでもう少し声を落としていただけるとありがたいんですけど…」
「あ、うん…ごめんね…。いや、あー…ははは」


何故か渇いた笑いをこぼす彼に首を傾げながらも、若干赤くなっている彼の頬が気になった。


…めっちゃ手の形ついてるじゃん、すげ。


「よかったら、うち、上がります?」
「うん、あはは……うん!?え!あっ…名無しさんちゃんの部屋?」


私の唐突な提案に思わず大きな声をあげた白澤さんは、はっと口を抑えながらボリュームを落として、困ったような表情を浮かべる。


「嬉しいけど、でも何で…」
「ほっぺ。痛そうですし、言い訳をいくらでも聞いてあげようと思いまして」
「…あぁ、うん…謝謝」


遠い目をしている白澤さんを家に引き入れると、彼を座椅子のある部屋に案内する。押し入れに入れていた救急箱を取り出して彼の後から部屋に入ると、まだ彼は頬を押さえたままポカンとした表情で立っていた。


「…どうかしました?」
「え、あ、いや…一応聞くけど、何するの?」


言いながら彼が指さしたのは、私が持っている救急箱。


「爪の痕まで付いてるので絆創膏位貼ろうと思ったんですけど、駄目でした?」


やはりイケメンたるもの顔に絆創膏というのは致命傷なんだろうか。鬼灯さんは気にしなさそうだけど…理由聞いたら理不尽に怒りそうだ。


「あっいや!うん、すごく嬉しい!じゃあ、お願いしていいかな?」
「?」


何故か慌てた様子の彼に首を傾げながらも、まあ良いかと彼の足元に腰を下ろす。

未だに目を会わせてくれない彼に、同じように座るように言うとどぎまぎしながら座椅子に腰を下ろした。


ペリ、と紙をはがしながら患部に絆創膏を貼る。

白い綺麗な肌だなあ、なんて考える私は変態なんだろうか。


そんなくだらないことを考えつつも絆創膏を貼り終えると、「終わりましたよ」と声をかけて向かいの座椅子に座り直した。


「あ、ありがとう」
「お礼言われるようなことはしてないです」


照れたようにお礼を言われると、なんだか此方まで気恥ずかしくなって思わず顔を伏せる。

しばしの沈黙が、そう広くない私の家を包んだ。
なんとなく気まずくなって、とっさに彼に声を掛けた。


「あの」
「あのさ、」


声が重なり、再び気まずい沈黙。
どうしようかと悩んでいると、先に口を開いたのは彼だった。


「なんかごめんね夜中に。うるさかったでしょ?」


困ったように笑いながらもあまり反省はしてないような口調だった。これも気まずさを破る彼の手なんだろうか。何にせよ、あまり話したことのない彼に柔らかい口調で話しかけられるのは嫌な気持ちはしなかった。


「私は大丈夫ですけど…でも白澤さん良かったんですか?彼女さん、すごく怒ってましたよ?」
「あーうん…。いいんだ。ちょっとちょっかい出したら怒られちゃっただけだから」


彼のいうちょっとのちょっかいがどの範囲を示すか分からないが、大の大人を伸びさせるビンタを放たれる位のことなんだろう。


「それに、彼女じゃないしね」
「じゃあビンタされますよ」
「え、そうなの?」


ポカンとする彼に私の常識が崩れる音がする。

この人は馬鹿なんじゃないだろうか。

でもまあ、そんな考え方でもモテている彼にとってはそれが常識だと思っても仕方がないんだと考え直した。やはり何となく遠い存在に感じる。


「そういえば、名無しさんちゃんは4連休何するの?案外アクティブだったりするの?」


あまり関わりのない人からもインドア派だと思われてるんだ私…。その通りだけど。


「家にいますよ。買い物位は行こうかと思ってましたけど」
「えっ買い物!?」


そんなに驚くの。買い物すら行かないと思われてたの、私。


「そんなに怠け者に見えますか…」
「や、じゃなくてさ!買い物行くんならさ、僕も一緒に行っていいかな?」




ん?




「デートってことでさ。名無しさんちゃんと買い物行きたいな」
「はぁ…」








『さよならの時間だよ』
『またね、名無しさんちゃん』








「、っ…」
「ん、どうかした?」
「あ、いえ…」


夢の中の白澤さんと重なる。
あれは夢なんだ、ただの夢。


「デートというか…本当に買い物ですけど、白澤さんのご予定がなければ別にかまいませんよ」
「本当に?やったーっ!」


嬉しそうに両手を上げる白澤さんが微笑ましくて、思わずくすりと微笑んだ。


「っ、」
「? どうかしました?」


今度は彼が顔を伏せる。
不思議に思って首を傾げると少しだけ頬の赤い白澤さんと目があった。


「いや…うん、名無しさんはやっぱり笑った顔も可愛いよ」


どうしてそう歯の浮くような台詞が吐けるのだろうか。今度は私の顔が赤くなってしまったじゃないか。

それを隠すように、私は慌てて会話を繋げる。


「あの!あ、明日はどこに集合にしますか?」
「ん?僕が呼びに来るよ」


あまりにも不自然に流れを切ったのにも関わらず、彼は気にせずに私の質問に答える。


「い、いえ、わざわざ悪いですよ…せめて近くのコンビニか何処かで…」
「大丈夫だよ。僕の部屋名無しさんの部屋の真向かいだから」










…え?








「僕、このアパートに住んでるんだ」











えっ!


「え!?」
「隠してたつもりはなかったんだけどね。結構会わないもんだね〜」


彼の口振りだと私がここに住んでいたことは知っていたようだった。…いや、この際もうどうでもいいか。


「…わかりました。では明日またお待ちしてます」
「うん。夜中なのにありがとね」


彼も特に気にしていなかったのか、そう言って腰を上げる。

玄関まで着いていくと、くるりと振り返って頭を撫でられた。




「おやすみ名無しさん。また明日」




お、おやすみなさい。


と、どもってしまった私にクスクスと笑いながら、「また明日ね」と手を振って玄関の向こうへと帰っていた。






火照ってしまった頬は、しばらく元には戻らなかった。




















誘発。
(どうしてか距離が近くなった気がする)
(火照るのもしょうがない気がする)
(何か、知ってる気がする)




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