ゆめめめーん

□巡る。
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何もない空間があって。
そこにはぽかんと光があって。

手を伸ばしてもギリギリ届かない場所に、彼は立っている。


「白澤さま、」

私は名前を呼ぶ。彼は振り返る。

「白澤さまっ」

私は必死に彼に手を伸ばす。でも彼は、遠のいて行く。

「なあに、名無しさんちゃん」

優しい表情で首を傾げるくせに、ちっとも待ってくれない。

私は走る。片足が地につく前にもう片方の足を出すように。


はやく。はやく。はやく。


「待ってっ待ってっ!置いていかないで!」


必死に追いかけていると、暗転。




暗闇の空間があって。
そこに私は立っている。
追いかけていた彼はいない。


呆然としていると突如、声が響く。 頭に直接、響く。

高い声、低い声。色んな声が混じった音が、不協和音のように、無機質に。


『君が僕を置いていったんだろう?』




いつも、私はそこで目が覚める。




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「っはぁ…っ…はぁ…っ」

ガバッという擬態語がピッタリ合う動作で、私は跳ね起きた。額にしっとりとかいた汗を袖で拭いながら、深く息をついた。

また、いつもの夢。


不可思議でたまらない、わけではない。それは何度目からかの慣れではなく、夢で追いかけている彼の存在が、私の記憶にあるからだ。…言い方がおかしいな。私は、あの人物を知っている。『白澤さま』と呼んでいた彼を。


単純に、職場の人間である。
私は研究開発部で、彼は品質管理部。
とはいえ、顔を会わせたことは数回しかないし、それこそ会話も業務関係である。

私は向こうを知っているが、向こうは私なんて知らないと思う。それだけ、接点がない。


名前は『白澤』。中国人とのハーフらしい。
私の会社の品質管理部の係長…だったかな?若いくせに出世が早いため妬みの対象となるかと思いきや、顔面偏差値で他の男性を圧倒。業務成績優秀。女性の扱いに右に出るものなし。

ここまで言えばわかるだろうか。

つまり、他の男性陣との格差がありすぎて、妬みもクソもないのである。

一つ欠点を言うならば、女癖が相当な所だ。それも、彼の顔や性格を見れば納得せざる得ないといったところかもしれない。


そんな彼が、なぜ私の夢に出てくるのか、なぜ私の名を知っているのか、あの夢のオチはなんなのか、甚だ疑問であるが、正直どうでもいい為、気にせずに思考を切り替えた。




「おはようございます」

朝礼5分前。ギリギリの出社。
会社内でも特に人数の少ない私の部署は、私を含めて2人だけ。

「おはようございます。今日もお早い出勤ですね」
「それはイヤミですか」
「えぇそうです」


鬼灯さん。部長にあたるのか課長にあたるのか、2人しかいないこの部署にはあまり役職は関係ないかもしれない。ただ一つ、彼は私の上司である。

「本日の業務は品質管理部で行います」
「あーまたチェックですか」
「えぇ。あの野郎の現場に行かなければならないことに心底憤りを感じるかもしれませんが、我慢してください」
「それはご自分に言い聞かせてらっしゃるんですか?」
「えぇそうです」

不機嫌そうに眉にシワをよせて、鬼灯さんは自分のデスクから分厚いファイルを取り出して、仕事の準備をはじめ出す。

彼は、白澤さんのことが嫌いらしい。反りが合わないと、以前理由を尋ねた時に言っていた。それでも仕事をする身、必ず会わなければいけない場面が訪れる。その時にはとても不機嫌になるのだが、不機嫌な彼に肯定的な返事を返させると案外機嫌がコロリと治る。ほら、眉間のシワが取れてきた。

鬼灯さんがガタンと席を立った。時計を見れば、もうすぐ始業時間。
数枚のファイルとノートを持って、パタパタと品質管理棟へと向かった。



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「今日は研究開発部の(クソ)鬼灯と、名無しさんちゃんが来てるんで、よろしくね〜」


品質管理部の朝礼。毎回思うが緩すぎじゃないか。まあ、うちの部署が言えた立場じゃないけれど。
というか。

名前、知られてた。

「とても不愉快なことを言われた気がします」
「…鬼灯さん、抑えて抑えてっ」
「じゃあいつものように自分の担当の分よろしくね。早く終わったら僕と「では本日も作業中何か不満などありましたら遠慮なく私か名無しさんさんに仰ってください。各々を回らせていただきます」
「てめっまだ僕が喋ってただろーが!」

流石にこのやりとりには慣れたが、ため息は毎回つきたくなる。そんな私の反応に反して、女性陣の黄色い声が飛ぶ。ここはほとんど女性が占めている。鬼灯さんと白澤さんが口を開けば何だってかっこいいんだろう、多分。
鬼灯さんの嫌がらせのように遮った声にも、それに反論して叫ぶ白澤さんの声にも。




白澤さんの、声。








『なあに、名無しさんちゃん』




『君が僕を置いていったんだろう』







考えすぎ、かな。




「名無しさんちゃん、」
「っは、はいっ」

突然背後から名前を呼ばれて、思わずビクッと肩を上げた。気がつくと朝礼も終わっており、各々の持ち場についている。鬼灯さんも、早速作業場に行ったようだ。

「今日はよろしくね」

ニコニコと笑いながら首を傾げる彼に、再び夢の中の彼と重なる。





『待ってっ待ってっ!置いていかないで!』





「はくたく、さま…」
「ん?」
「あ、いえ…。ご迷惑おかけします。よろしくお願いします、白澤さん」

思わず呟いた言葉をかき消すように、慌てて頭を下げる。
少しの沈黙も恥ずかしくて、頭を上げることなく早々と立ち去った。


何か、考えてはいけないことを考えてしまいそうで。


ただの夢なんだから。気のせいだから。















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巡る。
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