ゆめめめーん
□私と幽霊
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「名無しさん、おかえり」
仕事終わりの18時。今日は早く帰ることができた。
ガチャリと玄関を開けると、ニコニコ笑うエンヴィーが出迎えてくれた。
「ん、ただいま」
つられて頬がゆるむと同時に、ふんわりと漂うトマトとコンソメの香り。
「今日はミネストローネ?」
首を傾げると、彼は嬉しそうに頷いた。
「よくわかったね。でももうちょっと煮込むから先にお風呂入ってきなよ」
「ありがと。エンヴィーはもう入った?」
「え。何ソレお誘い!?」
「馬鹿じゃないの。死ね」
「死んでるもーん☆」
楽しそうにクスクスと笑うエンヴィーに、そうだったと思い出す。
彼は以前、病気で死んだ。
呆気なく、苦しむことなく。病気だって聞かされてからすぐに。
「名無しさん、お風呂入らないの?」
「あ、ごめんごめん」
仕事の鞄を置いてジャケットを脱いでから脱衣場に向かう。
ベタつく汗を流してから、髪を纏める。私が帰ってくる時間が分かってるかのように、ちょうど良い温度に張ってあるお湯に浸かった。
もやもやと上がってくる湯気を頬に浴びながら、浴槽いっぱいに脚を延ばす。ふぅ。と、思わずため息が漏れた。
ガラガラガラガラ。
浴室の扉が開く音。
「…何してるの?」
視線を向ければ、腰にタオルを巻いただけの状態で、ヒラヒラと手を振るエンヴィーと目が合う。
「背中流すよ☆」
「残念。流しました」
「えー…まあいいや。入るから詰めて」
「…もう」
残念そうに唇を尖らせながらも、躊躇なく浴槽に入ってくるエンヴィーに、渋々腰を上げて場所を空ける。
少しだけ上がった水位に覚えた違和感を、私はかみ殺した。
「名無しさん、」
「なに、…ん…ぁ」
優しく名前を呼ばれて振り向くと、深い角度で唇が重なる。さりげなく腰元と後頭部に回された腕に抵抗を見せるが、そんなもの彼には関係ない。
グイッと引き寄せられて、エンヴィーの脚の間に身体がおさまる。
その間も唇は重なったままで。でも、舌は絡ませない。
何度も何度も確かめるように、唇を重ね合う。
一度離れ離れになってしまってから、このキスの仕方が定番になってしまった。
漸く離された唇から、お互いに上がった息が漏れる。
「今の名無しさんの顔、すげーエロい」
「、ばかじゃないの。先に上がるからエンヴィーも早く上がってきてよ」
「はいはーい」
動揺してしまった表情は多分、バレた。
先に上がり、早々と身体を拭いてTシャツとハーフパンツに着替える。
タイミングを見計らったのか、エンヴィーも脱衣所に上がってきた。幽霊なので、別に着替えなんか要らないのだが、癖なのか普通にタオルで身体を拭き、彼もまたラフな格好に着替えた。
「おなか空いた」
「僕も。早く名無しさん食べたい」
「…」
「ぐぅ…っ…無言で脛を蹴るのは止めようか…」
痛覚とかはあるのか。幽霊のくせに。
彼が脛を抑えて悶えている間にも、私は先にリビングへと向かう。
美味しそうなコンソメの匂いが部屋いっぱいに広がっており、思わずお腹を押さえた。
二人分の食器に料理を注いでいると、彼もリビングに戻ってきた。
注ぎ終わった食器を彼は何も言わずにテーブルに運ぶ。生前と変わらない、彼の優しさ。
「名無しさんは飲み物お茶でいいよね……って、どうしたの?」
無意識に私は、エンヴィーの背中に抱きついていた。匂いも、暖かさも、生前のソレと同じで。
「…エンヴィー、」
「ん?」
腰に回した手に、彼が優しく上から大きな手を被せる。
「もう、置いていかないで」
無理なお願いだと分かっていた。
それでも彼は、身体の向きをくるりと変えて私をぎゅっと抱きしめた。
「当たり前。もう絶対離れないから」
例えそれが嘘だとわかっても。
彼の口から出た言葉という事実には変わりなくて。
私は小さく、小さく頷くしかなかった。
「さ、ご飯食べよう。冷めるよ?」
彼はニコニコとそう言いながら、私の頭を撫でて離れるよう促した。
私と幽霊。
(不思議な、関係)
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シリーズにしようと思ってたもの。