ゆめめめーん

□お近づきになりました。
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運命の出会いから数日。私はあの日からセントラルのあちこちの路地を見て回りました。もちろん、建物の屋上も。…それでも、ナンナノアンタさんに会えることなく、今日もトボトボと寂しい帰路に付いているところでした。

セントラルのメイフラワー通り。の、裏路地。ついでにした買い物カゴをぶら下げて、相変わらず狭いそこを歩いていると、突然、バイーンと弾性力に弾かれました。誰かにぶつかったんだと、直感的に思いました。

「ご、ごめんなさいっ、私前を見ていなくて…」
「ん〜、いいよ〜」

なんとも間延びした声が降ってきたので反射的に顔を上げました。中々に太った男性が、私がぶつかったお腹をさすりながら見つめています。お互い不思議な沈黙と視線のぶつかり合いで、先に沈黙を破ったのは男性でした。…正確には、男性のお腹でした。

ぐ〜ぎゅるるるるる

「…お腹、空いてるんですか?」
「うん〜おでお腹空いた〜。お前、人間?」
「?はい、私はホモサピエンス、人間ですよ」

にっこり笑って、と男性の質問に答えました。…そういえば、ナンナノアンタさんも私のことを「人間」って呼んでいました。最近流行っているのでしょうか。

「お前、錬金術師?」
「違いますよ?」
「食べていい?」

にぃっと歯を剥き出しにして笑う彼に、再び首を傾げてしまいましたが、合点がいき、なるほど!と手をたたきました。

「お腹が空いてるんですね」
「そうだよ〜」
「何か食べたいんですね!」
「そうだよ〜おで、お前食べる〜」

さらりと言われたそのセリフに、私は思わず赤面しました。発言した張本人は、…いつも言ってるから言い慣れているのでしょうか。私の表情の変化をぽかんとして見つめていました。

「だ、ダメですよ、私、心に決めたナンナノアンタさんという人がいるんです!」
「でもおで、お前食べる〜」
「うーん…あ!先ほど買ったフランスパンならありますけど」
「…食べる〜」


むしゃむしゃむしゃむしゃ。
その大きい身体では小さく見えてしまうフランスパンを、ものの5秒で完食した彼は、再び私を見つめました。

「ごちそうさま〜。人間、パンありがと〜」
「いいえ。私は名無しさんです」
「名無しさん、ありがと〜。おでグラトニー、よろしくな〜」
「よろしく、グラトニーさん」

差し出された手をぎゅっと握って握手をすると、グラトニーさんははっとした表情で辺りを見回しました。

「…ラストがいない」
「…? 一緒にいたのですか?」
「うん、さっきまで一緒にいた〜」
「どうしましょう…」

"ラストさん"という方が居ないと困るのか、グラトニーさんはキョロキョロと辺りを見回しました。ふと、頭上から女性の声が降ってきました。

「グラトニー」
「あ、ラスト〜」

グラトニーさんを真似て上を見上げると、ウェーブのかかった髪を流し、やたらと胸を強調した服を着た綺麗な女性と目が合いました。

「グラトニーさん、あの方が?」
「うん、ラスト〜。名無しさん、探してくれてありがと〜」
「勝手にいなくなってはだめじゃないの」

たんっと、軽い音を響かせてラストさんは私たちの前に降りてきてくれました。「ごめんなさ〜い」とあまり悪びれる様子もなく謝るグラトニーさんに溜め息をつくラストさんを見る限り、珍しい事ではないことが何となく伝わりました。

「ご迷惑かけたでしょう、ごめんなさいね」

そう言って困ったように頭を下げるラストさんに、「いえいえ」と首を振りました。

「私こそ、グラトニーさんにぶつかっちゃったんです」

「すいません、」とペコペコ頭を下げていると、ラストさんの横でグラトニーさんが口を開きました。

「ラスト〜、エンヴィーは?」
「あぁ、置いてきてしまったわ。まあいいでしょ、そのうち追いつくわよ」
「…ちょっと。探したんだけど」

…知っている声がしました。ゆっくりと後ろを振り返ると、この間と同じ様に不機嫌そうな表情で立っているナンナノアンタさんがいました。

「あ、エンヴィー」
「案外早かったのね」
「…ったく、足手まといになるなっていっつも言「会いたかったですーっ!」…はぁ?」

思わず抱きついてしまいました。ぽかんとする3人の視線が背中に突き刺さるのが分かりましたが、それでも彼の腰に回した手は離せません。ぎゅーっと力を込めて頬を擦り寄せるとラストさんのあきれたような声が聞こえました。

「エンヴィー、あなたこんなに可愛い娘がいるなんて、聞いてないわ」
「知るか!おい、お前離れろ!」
「エンヴィーさんと言うんですね、素敵なお名前です!あ、私名無しさんといいます」
「…知るか!グラトニー、何とかしろ!」
「名無しさん良い子〜。パンくれた〜」
「餌付けされてるじゃん!…ったく!」

めんどくさそうに舌打ちをして、彼は私の手を掴んで腰から引き剥がしました。眉間に、これ以上無いくらいの皺を寄せて私の顔にグイッと近づきました。

「次任務の邪魔したら殺すって言ったよね」
「こ、こんな所でキスを迫るなんて…エンヴィーさんって案外積極的ですねっ」

ぽっと顔を赤く染めると、ピキッ。と、血管が浮き上がる音がしました。聞こえない振りをしました。

「…マ・ジ・で。ラスト、こいつホントに殺していい?」
「可愛いじゃない彼女。…名無しさん、悪いけれど私たち行かなくちゃならないの」

つかつかと私の方に近づき、慰めるように頭を撫でながらラストさんは言いました。

「…また会えますか?」

視線を上にして尋ねてみたら、睨まれながら舌打ちされました。

「僕は会いたくない」
「わかりました、では会いに行きます!」

ごきげんよう!と言いながら、私は家に向かって走り出しました。任務の邪魔はダメですから、すぐ立ち去らないといけません。走りながら、私は思わずニヤニヤしてしまいました。次はいつ会えるんだろう、エンヴィーさんって呼びかけてみたらどんな反応をするんだろう。高笑いしそうな口を必死に抑えながら、家までの道を走りました。

…待っててください、エンヴィーさーん!




「…なんなのアレ」
「珍しくあなたに懐いていたわね。可愛い娘だったわ」
「おいしそ〜」
「食べちゃだめよ、エンヴィーに怒られるわよ」

そんなことで怒るかよ、と心の中で思いながら、彼女が走っていった方向を見つめながらぽつりと呟いた。

「名無しさん、だっけ…変な奴」



…まあヒマだし、しばらく生かしてやってもいいかな。






















お近づきになりました。
(エンヴィーさんって言うんですね!)
(また、会いに来ます!)



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