本mtkt!

□mtkt!オフロスキー
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極力小さな音でギターを弾いて、極力小さな声で歌っている僕に、声がかけられたのはお昼過ぎだった。


「オフロスキー!」

「わっなに!?」


ギターとノートを交互に見ていた僕の視界は、その声の主を探すこと人さえ手間取ってしまった。ようやくその人物を視界に捉えると、彼女はにやっと、いたずらっぽい笑顔を浮かべた。


「なにやってたの」


おもしろいものを見つけた(「みいつけた!」なんてことは僕はこんなときには言わないよ)といった顔で、彼女が問いかけてくる。
この顔は、彼女がここで暮らすようになってから幾度となく見てきた表情だ。なぜか僕にだけ、いたずらっぽく笑いかけてくるように思う。


「別に、なんでもないよ」


僕は、彼女の顔から視線を外しながら言った。
「なんでもない」メモを片づけるようにノートを閉じる。ギターをまだ抱えたまま、いかにも「ヒマつぶしをしていて疲れた」という様子を演出しながら、再び彼女に視線を戻した。


「うそでしょ」

「うそじゃない」

「なんでもないなら、もっと堂々と歌ってればよかったのに。音は小さいのに、私が近づいて来てても気がつかないなんて」


そんなことある?と突き詰めてくるけれど、近づかれてたのに声をかけられるまで気がつかなかったのは本当のことだ。


「あるでしょ、僕いま熱中してたし」

「なんでもないことなのに?」

「そ。僕、普段からよくわかんないことやってるでしょ。その延長だよ」

「ふーん」


ちょっとしつこめの彼女に、僕の身を少し切る形で返答すると、どうやら納得してくれたようだ。なんだか複雑だけど。
とにかく今はそんなことよりも、彼女にここを離れてもらうことの方が大切だ。僕の熱中していたものが、もうすぐで仕上がりそうなんだから。
そう思いながらノートに目をやると、彼女はそれにも気づいたらしい。(まったく目ざといと思う)


「それに秘密があるみたいだね」

「なんの。ないよ」

「ふーん」


疑わしいと目が言っている。その表情のまま、僕とノートを交互に見て、


「ま、いいけど。よっぽど私には知られたくないみたいだから」


と言った。
そうそう、知られたくない。少なくとも今は。
目の前のノートには、新曲が書かれている。彼女には知られたくない、けど、そのうちには、一番に彼女に聴いてもらいたい。
そんな歌、もう、ひとつしかないよね?
だから静かに、彼女に知られないように曲を作っていたのに、思わぬ本人からの邪魔が入った。でもそろそろ彼女はここを離れてくれそうだし、これでゆっくり、また曲作りができる。とにかく、気づかれないでよかった。
ふう、と僕は、安堵からのため息を吐いた。しまった。聞かれたかな。また、「なんのため息なの?」とか追究されたらちょっと困るな。また、この歌も、この歌が君のための歌ってことも、秘密にしておきたいから。
でも彼女の顔を見ると、さっきみたいな疑い深いといった表情ではなかった。…なんだか、笑っているけれど、それはただ単に、僕のため息がおかしかっただけだよね?
またギターを弾き始めたいんだけど、弓なりになったその目からの視線は、僕の手を止めるには充分すぎる。











‐ひみつのはなし‐

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