本sdr2

□あなたの気持ちに近いところの
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眼蛇夢先輩が卒業する。
先輩とは、飼育小屋の前で出会ったのが最初だった。先輩の連れているハムスターが気になって、それから見かける度に話しかけていたから、(最初こそ疎まれていたようだけど)今では名前で呼び合う仲だ。
先輩、卒業するんだなぁ。
ひとつ年上なのだから、自分よりも一年早くこの学校からいなくなるのは当たり前のことだけど、いまいちわからない、というか、実感がない。先輩のいない学校生活なんてきっとつまらない。
卒業式の間も、眼蛇夢先輩の姿を見つめていたけど、先輩は腕を組んで目を閉じていたり、誰へのアピールなのか不敵に笑っていたりして普段と変わらなかった。ハムたちも大人しくしててえらいなとか、卒業後もあの髪型だろうかとか考えているうちに、あっという間に式は終わってしまった。

きっと今頃、教室で記念撮影とかしているんだろうな。楽しい学生生活だったね、とか言って、卒業してもたまには会おうね、なんて。
それぞれここを卒業したあとは、母校に遊びに来る暇なんてしばらくないだろう。もちろんそれは眼蛇夢先輩もだ。
一個下の後輩なんて、もう思い出さないかもしれない。会えないかもしれない。せめて最後に挨拶をするべきだとはわかっていたけれど、先輩の教室に行くのは勇気がいるし、かと行って自分の教室にいても先輩が来てくれるなんてきっとないだろう。そもそも挨拶するほどの仲だなんて先輩は思っていないかもしれない。
それなら偶然、というところに委ねてしまおうか。と、私は飼育小屋の前に立っていた。
初めて先輩に会ったとき、彼は鶏に話しかけていた。そのときの言葉が余りにも衝撃的すぎたのだ。


『よーしよしよし、たくさん食べて魔力を蓄えるのだ…人間共を跪かせる程の魔獣になるんだぞ』

『えっ!?』

『!?なにやつ!』


そんな出会いだったけど、話してみれば普通…に?動物が大好きな人だってわかった。他にもたくさん思い出がある。人ごみは苦手だという先輩を引っ張って遊園地に行ったときは、メリーゴーランドにたくさん乗った。動物映画を観に行ったときは、先輩は箱ティッシュを持ってきてた。
この思い出だって、私だけが楽しかったのではないだろうか。考えれば考えるほど、暗い方へ思考が傾く。あぁ、先輩といるのが好きだったな。好きな時間だったな。
先輩が話しかけていた鶏に、眼蛇夢先輩来るかな?と小さく聞いてみた。


「どうした、やどりよ」

「!先輩!」

「フッ、背後をとられても気づかんとは…まだまだアストラルレベルが低いな」


相変わらずアストラルレベルとはなんだろうか。でも音も気配もさせず背後に現れる先輩はそのアストラルレベルが高いんだろうな。
急に声をかけてきた先輩に驚いたまま固まる私に、先輩はまた口を開く。


「して、俺様になんの用だ?探していたというなら教室まで貴様が訪ねればよいことだろう」

「あ、そう…なんですけど…」


わからない、といった表情の先輩は、私の歯切れの悪い言葉に眉間の皺を深くした。


「なんだ?はっきり言えばいい」

「えーと、挨拶しなきゃとは思ってたんですけど、先輩がそこまで…その…私のことを気にしてなくて、わざわざそんなことくらいで会いに来るなんてって思われたくなくって…」


それは嫌だなって思って、と私は続けたけど、先輩の眼差しの鋭さに、後半はどんどん声が小さくなって聞こえているかはわからない。
先輩を見るのがこわくて視線を外していたけれど、余りにも沈黙が続くから、先輩をおそるおそるちら、と見た。怖い顔をしているかもしれない。
けれど、視界に入った先輩は、予想に反して驚愕の表情をしていた。


「貴様…!まさか…!?」

「な、んですか…?」

「俺様と、虚偽の契約を結んでいたというのか…!?」

「え?契約?」


わなわなと震えながら先輩はそう言って、膝を折ってかがんだままになってしまった。


「先輩、契約って、あの、なんですか?」

「これまで、冥府の門をくぐり周回する魔獣共に跨り流れる景色を眺めたのも、人間共による魔獣の記録映像に万全の装備で臨んだのも、すべて虚偽の契約によるものだったのかッ…!」


たぶんこれは私と同じ思い出の話をしているけれど、契約ってなんだろうか。よくわからないけれど、とりあえず先に話を進めてしまおう。


「ええと、私は先輩とたくさん話せて楽しかったし、一緒に出かけたのも楽しかったですけど、先輩は本当に楽しかったかな…って。卒業したから会えなくなるのも悲しいけど、先輩は別に会えなくてもいいのかも…って」


そこまで私が言ったら、先輩は眉をぴくりと動かした。


「会えなくてもいい…だと?」

「…はい、そう先輩は思ってたりして、と」

「…どうやら、貴様はとんでもない勘違いをしているようだ」

「え?」


静かに言われた先輩の言葉を聞き返すと、先輩は「いいか!」と立ち上がりポーズを決めて話し出した。


「貴様はこの俺様の魂の伴侶として既に契約を結んでいるのだ!よって俺様の許可なしに離れることは許さん!俺様が呼び出したときはもちろん速やかに駆けつけるべきだ!」

「え?え?」


早口過ぎて訳すのが追い付かない。困惑していると、先輩は顔をボッと赤くして叫ぶように続けた。


「もう付き合っているものだと思っていました!!」


そしてストールで顔をほとんど隠した。
あ、付き合って、たんだ。そう思ったら、なるほどと納得することばかりで、先輩はずっと前から私といるのを楽しいって思ってくれてたんだってわかった。
なんだ、余計なことばっかり心配しちゃってた。付き合ってたつもりって言われて、うれしくて、断るつもりなんてまったくない自分に気づいた。


「…じゃあ先輩、これからも会ってくれるんですか」

「当たり前だ!」


ストールの隙間から返って来た声がおもしろくて笑ってしまう。それじゃあ。


「なら、先輩。第二ボタンください」

「なッ?」

「あと一年、私は先輩のいない学校で過ごさなきゃいけないんです。せめて、いつでも先輩のこと考えていられるように」


戸惑ったように眼蛇夢先輩はうろたえていたけれど、ストールの上から見えるおでこは真っ赤で、恥ずかしがっているだけだとわかる。
卒業しても、今までと変わらず会えるんだ。
だって、私たちはもうずっと前から、近い気持ちでいたんだから。







‐あなたの気持ちに近いところの‐



→自分用メモを兼ねるあとがき
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