本sdr2

□噛み癖
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眼蛇夢くんには噛み癖がある。二人でいるときは必ずどこかしらを噛まれる。
私が痛い、やめて、というとそのときはやめるけど、しばらくするとまた噛みついてくる。
いつも動物たちを手なずけるまで彼は噛まれっぱなしだと言うけど、それならお前はどうなるんだ。私がまだ眼蛇夢くんを手なずけてない、俺様は貴様になど支配されるか!みたいなことを暗に伝えてきているのだろうか。この野郎。そうだとしたら彼には言語を操る口があるのだから言葉で伝えてほしいものである。言いづらいとしても。


「ねぇ、痛い」

「む…」


今日も二人で部屋にいたら、本を読む私の腕を噛んできた。さすがに血が出るほどではないけど、歯がそこそこ深くまで食い込んで痛い。
私が訴えるとやはり眼蛇夢くんはすぐにやめた。やめるくらいなら最初からしなければいいのに。
本を閉じて置いてから、残念そうに眉根を寄せて若干引き下がって行く眼蛇夢くんに聞く。


「眼蛇夢くんはさ、痛くないの?動物がなつくまで噛まれるの」

「ククク…確かに魔獣どもの牙は貴様ら人間にとっては耐えられまい。悲鳴を上げ逃げ出すだろう。しかし!この俺様ともなればそれに対抗する術を持っているのだ」

「そう…」


痛いのをひたすらこらえるのだろうか。ほら痛いんじゃん。でも動物に噛まれるよりも人間に噛まれる方が遥かにタチが悪い。
動物が噛んでくるって、こわいからとか、そういう、警戒してからとる行動ではないだろうか。眼蛇夢くんに確認したわけじゃないけど、きっとその通りだろう。
ならば人間はどうだろう。こわがってるからって相手を噛んでくる野性味溢れた人なんて見たことない。ディズニーのターザンだって、ジェーンに危害を与えてはいなかった。むしろ会ったそのときに言葉を教わって、ジェーンの名前を覚え自らの名前も伝えていたのに。それなのに眼蛇夢くんは、既にぺらぺらとしゃべれる(むしろ普通の人より難しい言い回しもすらすら出てくる)眼蛇夢くんは、噛んでくる。


「あのね、すごーく、痛いの。わかる?」

「そうだろうな」


うん。


「わかってるならなんで噛むの?」

「…それはちょっと…」


うん。なんだこの野郎。
私が諭すように聞くと、なぜだか自信なさげに返事をした。衝動的に噛んでしまうのだろうか。それならもっと問題は深刻だ。伝えたいことがあって噛んできているならまだしも、噛みたいから噛む、では改善のしようがない。


「ねぇ、見てここ。いま眼蛇夢くんが噛んだとこ。歯形ついてるでしょ?すっごーく痛いんだよ?」


かと言って諦めて放置しては私が痛い思いをするばかりである。ならば根気よく、やめるように伝えるまでだ。


「ね?だからやめてください」

「…すまなかった」


しゅん、と反省している素振りを見せるあたり、まるで彼が普段世話をしているという魔獣のようである。お前のそのイヤリングは何で手に入れたものだ?思い出してみろ。あのときのポメラニアンの方が、眼蛇夢くんよりよっぽど聞き分けが良かったんじゃないだろうか。私も彼を躾けないといけないのか。


「動物が噛むのをやめるのってどのタイミングで?なにをしたら?」

「ふむ…やどり。貴様がそのようなことを聞くとはな」


お前のせいで聞いてるんだ馬鹿。


「よかろう…教授してやろう。魔獣がその牙をむくのは様々な要因があるが、例として貴様ら人間が犬と呼んでいるものをあげて説明する。飼い主を噛む場合は寂しさからきていることが多いのだ。かまってくれないという気持ちから噛みつき、その時の痛がる反応を見て遊んでくれたと勘違いする。最も、あの魔獣は大人しく従順なふりをして人間界を支配する機会を窺っているだけだがな。フハハハハハ!」

「…つまり、寂しくなくなったり、噛んだらダメって教えれば噛まなくなるの?」

「そういうことだ」

「ふぅーん…」


なるほど。つまり。


「眼蛇夢くん、犬の気持ちはよくわかるのに、自分のことはわからないんだね」

「?どういうことだ」

「ここ、見て」


不審がる眼蛇夢くんに、先程まで読んでいた本を広げて見せる。


「これね、仕草とかから人の気持ちがわかるんだって。心理テストに近いようなものだけど、ここ。噛むってところ」


私の指の示すところをしかめた顔で覗き込んでしばらくして、目を大きく見開いた。
バッ!と上げた顔は真っ赤で、困惑しているようだった。


「まさか、俺様がそんなはずないだろうッ!だいたい人間の心理など、覇王である俺様に当てはまるはずがないッ!!」

「うん、でも魔獣は人間の書いた専門書が当てはまるんだね、犬とか」

「!!!」


慌てたように本に書かれていることを否定する眼蛇夢くんは、その本を提示した私によって主張を否定されてしまった。大変なショックを受けたようでわなわなと体を震わせている。どうだ、華麗に論破してやったぞ。達成感でいっぱいだ。
既にストールを上の方まで引き上げて目がぎりぎり見えるかどうかになった眼蛇夢くんに追い打ちをかける。


「人が噛んでくるのは、それこそ“様々な要因”があるんだろうけど、眼蛇夢くん、好きすぎたりかまって欲しいからって、噛むのはよくないよ」

「ぐッ、…!」


さっき眼蛇夢くんがした犬の説明の言葉を借りて私が言うのは、本に書かれている内容だ。
「恋人を噛む心理=好きすぎる、寂しい、かまってほしい」などと書かれていたため、眼蛇夢くんがあんなにうろたえる事態になった。
あぁおもしろい。


「ふふふ。これからはたくさんかまってあげるから、もう噛まないでね」


うぐぐ、と呻き声をストールの隙間から漏らす眼蛇夢くんをからかいながらそう言うと、赤い顔でこちらを睨みつけてきた。ははは、こわくない、全然こわくない。
だけど、いつも眼蛇夢くんがするように、顎を上げてフハハハと高笑いをする余裕の私の首に、彼が甘噛みしてきたのはそれからすぐのことだった。








‐噛み癖‐

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