本sngk

□うそつき
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「まったく、君の嘘には驚かされたよ」


そう言って、団長室で佇む私の目の前で呆れて見せるのは、我らが調査兵団の団長様だ。
ふぅ、と気だるそうに息を吐いた後、机に肘をつき身を乗り出して私を見た。


「まぁ、それに助けられたのも事実だが」


団長が怒っているのも、無理はないだろう。





昨日の夜、私と団長は内地でのパーティーに出席していた。かねてから兵団に多額の出資をしている富豪が開いたパーティー。案内状が届いたからには、顔を出さなければならない。そんな場に男一人で行くのは、と、団長は私を指名したわけだった。
慣れないドレスコードだったけれど、スマートに振る舞う団長のおかげで、なんの問題もなく過ごせていた。その、ホストの富豪と顔を合わせるまでは。
多くの人に囲まれていたその富豪は、人の隙間から団長を見つけると、その輪から出てすぐにやって来た。挨拶をしている間も、団長は相当に気に入られているようで、背中を叩かれたりして、富豪は笑顔で上機嫌に語り掛ける。私はというと、なんとなく居心地悪く、富豪に挨拶をしてからはそわそわと辺りを見回していた。
でも、富豪から放たれた言葉に、再び視線を彼らに戻すことになる。


『そろそろ、嫁をもらおうとは思わないのか?私の娘が、エルヴィン君、君のことを随分と気に入っていてね』


まさか。嫁をとらないかとの誘いだ。こんな場だからジョークなのかもしれないとも思ったが、下手に乗って話が進んでしまうと困る。そう思ったのは団長も同じようで、はははと笑いながらうまくかわしていた。
だが、富豪は引き下がることなくなおも勧めてくる。確かに、彼の娘と結婚すれば、兵団には半永久的に資金が降りることだろう。でも、団長は頑なに断り続けている。
団長が結婚を?そんなこと…。そこで私は気づいた。今まで、彼を無意識に、目で追っていたことに。いつも視界に彼がいると、妙な安心感があって、彼と目が合うと、どきりとした。いつでも優しく穏やかな顔で、こちらに手を振ってくれる。私は、団長のことが、好きなのかもしれない。
気づけば、私は口を開いていた。


『彼は、私のフィアンセですから』





「すみませんでした、差し出た真似を」


私が改めて頭を下げると、団長はいいや、と言った。


「責めているわけじゃない、ただ、少々残念に思っていたんだ」


低い声色で言われて、いたたまれない気持ちになる。やっぱり、迷惑だっただろうか。
未だ頭を下げたままの私の横に、いつの間にか席を立った団長が立っていた。その大きな影を視界の端に捉えたとき、彼の腕が動く。ぽん、と頭に手が触れる感触がした。


「…私から、言いたいことだったんだが」

「え?」


頭を上げて、その表情を確認しようとしたけど、それは団長の手によってかなわない。団長は、私の頭に乗せた手を撫でるように動かしながら続けた。


「やどり。ずっと、君を見ていた。私のフィアンセになってもらえないか?」

「団長…!」

「おっと、もしオーケーなら、私のことはきちんと名前で呼んでくれ。…もちろん、二人きりのときにね」


唐突なプロポーズだったけど、私には断るという選択肢はなかった。嘘が本当になる。これほど恵まれた嘘は、初めてだった。









‐うそつき‐

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